生命誌研究者である中村桂子さんは、1936年、東京生まれ。1993年、57歳のときに自ら構想した「JT生命誌研究館」を創立し、副館長に就任。2002年より同館館長、2020年より名誉館長を務めています。生命誌とは、生命科学の知識を踏まえて、38億年前に地球に生物が誕生してからこれまで生まれた多種多様な生物の壮大な歴史を読み取り、生き物たちが「生きている」様子を見つめ、そこから「どう生きるか」を探す学問です。「地球上の生き物はすべて38億年前に生まれた最初の生命体を祖先とする仲間」ということを基本に生き方を考えます。
人生の少し先を歩く「姉」たちから「妹」たちへ
そんな中村さんが語る「妹」たちへのメッセージとは……。『50代からの生き方のカタチ――妹たちへ――』(関西学院大学ジェネラティビティ研究センター 編)は、中村さんをはじめとする12人の「姉」たちが、これから人生の半分を生きる、すべての「妹」たちへ贈るメッセージ集。「花人日和」読者にとって学びの多いこの一冊を携えて、中村さんに「生きもの」である私たち人間の豊かさとは何か、生き方のヒントを伺いました。
1回目の「大らかにつながる」生物学的視点では、素晴らしい人々と出会い、影響を受けつつ、自身の道しるべまで示してもらったというステキな人間関係を育む秘訣を教えていただきました。2回目の今回は87歳を迎えたいま感じている「妹」世代へ向けてのメッセージを伺います。
取材・文/山津京子
どんな年齢にもその年齢の良さがあり、楽しさがある
――「JT生命誌研究館」を創立したのは57歳のときですね。
幼少期からそれまでずっと、私はさまざまな人たちに助けられて、ただ前だけを見て生きていました。でも、57歳で初めて自分自身が考え、私しかできないと思う志を抱くことができて「JT生命誌研究館」を創立しました。だから、私にとって50代というのは人生の終わりのほうではなく、「これから」のときなんですね。
これまで生きてきて思うのは、どんな年齢にもその年齢の良さがあり、楽しさがあるということです。老いというのは、一生懸命生きてきた結果です。
私はいま87歳で、誰もがそうですが、急にこの年齢になるわけではありません。毎日毎日の積み重ねが今日という日で、そして今日は明日につながっています。
生き物はひとつひとつが大事で意味がある。このことを信じて、どうか一日一日を大切に生きてほしいと願います。
――人間というのも、自然界の一部ですね。
そうです。私たち人間は、自然界の一部であるということをもっと自覚すべきです。
私たちは、第二次世界大戦後、貧しさから這い上がろうと物の豊かさを目指して、皆一生懸命働きました。その結果、物は豊かに流通し、寿命ものびて素晴らしい社会になったと思います。
しかし、そうした社会をつくる過程で、私たちはどんどん効率を求めて、時間と関係を切ってきました。その結果、格差社会が広がって、異常気象やロシアのウクライナ侵攻など、とんでもない事態が世界各地で起きています。
私たちは地球上にいる生命の一部
人間は本当に豊かになったのでしょうか。
いまこそ私たちは地球上にいる生命の一部であることを自覚して、生命の営みが豊かになる社会づくりのために、丁寧に生きていくべきではないでしょうか。次の時代を生きる子どもや孫たちのことを考えたなら、自ずとどうしたらいいかわかると思います。
敗戦後、1956年から南極観測に参加した貧しい日本の隊員たちは、暖房にお金をかけることができなかったため、基地の中でも防寒着をたくさん着込んで暮らしていました。ところがその一方で、当時のアメリカの南極基地内では、隊員たちがTシャツ1枚で過ごしていたんです。Tシャツ姿でいられるほど暖房をする必要がありますか? 少なくともセーターを着て過ごすべきでしょう?
これのような事例が現在の私たちの生活に、たくさんあるのではないでしょうか。
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一日一日を丁寧に暮らすヒントとして、中村先生は敗戦直後の日本とアメリカの南極観測隊の暮らしぶりを例に挙げ、教えてくださいました。“本当の豊かさ”とは何か。私たちは、ここでもう一度考えなければならないと感じます。
中村先生が創立したJT生命誌研究館には、「生命誌絵巻」が飾られています。扇の要は地球状に生命体が誕生した38億年前。そこから扇の縁にいくに従って、多様な生物が生まれ、豊かな生物界となった現在までの生命の歴史が描かれていて、生き物の世界の「つながり」と「広がり」が一目瞭然です。
私たち人間は扇の縁の左端に描かれていて、自然界の一部であるということもよくわかります。
中村桂子(なかむら・けいこ)
生命誌研究者。1964年東京大学大学院生物化学専攻博士課程修了後、国立予防衛生研究所研究員、三菱化成生命科学研究所人間・自然研究部長、早稲田大学人間科学部教授、大阪大学連携大学院教授などを歴任。1993年に自ら構想したJT生命誌研究館を創立し副館長。2002年より同館館長、2020年より名誉館長。
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『50代からの生き方のカタチ――妹たちへ――』
(関西学院大学ジェネラティビティ研究センター 編)
アルソス
『50代からの生き方のカタチ――妹たちへ――』(関西学院大学ジェネラティビティ研究センター 編)は、中村桂子さんをはじめとする12人の「姉」たちが、これから人生の半分を生きる、すべての「妹」たちへ贈るメッセージ集。
未来に対する不安や迷いと向かいつつ、「真に自分らしく生きる」にはどうしたらいいのか。「そっと背中を押すような」珠玉の言葉が詰まっている。