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フランスの人気女優ソフィー・マルソーが主演を務める、名匠フランソワ・オゾン監督作品

人としての尊厳を保った状態で死を迎えたい。きっと多くの人がそう望んでいることでしょう。今の日本では安楽死は認められていませんから、合法的なスイスに渡って、自分らしさを保ったまま、死を迎えようとする人もいます。2019年に放送されたNHKのドキュメンタリー番組『NHKスペシャル 彼女は安楽死を選んだ』は大きな反響を呼びました。『海を飛ぶ夢』(2004)や『92歳のパリジェンヌ』(2015)など、尊厳死を描いたヨーロッパ映画も少なくありません。では欧米では日本より、尊厳死に対するハードルは低いのかというと、決してそうではないようです。フランスもまた安楽死は非合法で、自殺をほう助することは禁じられています。

これまで死と愛と家族を多くの作品で手掛けてきた名匠フランソワ・オゾン監督。『すべてうまくいきますように』は父親の尊厳死をめぐる家族の悲喜交々を描いたストーリー。監督の傑作の一つ『スイミング・プール』(2003)の脚本家エマニュエル・ベルンエイムの自伝的小説を映画化したものです。主演のソフィー・マルソーが初めてオゾン監督作に出演。父の最期のために奮闘する長女役で主演しています。映画デビュー作『ラ・ブーム』(1980)で世界的にアイドル的人気を誇った彼女も今や50代。『007/ワールド・イズ・ノット・イナフ』(1999)でボンドガールに扮したこともありましたが、周囲を思わず、明るくするような笑顔はそのままに、ナチュラルな美しさで父の自慢の娘を溌剌と演じています。

主演のソフィー・マルソー

「意識があるうちに人生を終わらせたい」。父の願いに、家族は……

――小説家のエマニュエルは85歳の父アンドレが脳卒中で倒れたという報せを受け、病院に駆けつける。意識を取り戻した父は、身体の自由がきかない現実が受け入れられない。芸術や美食を楽しみ、ユーモアと好奇心にあふれ、何より人生を愛していた父。エマニュエルと妹のパスカルの献身的な看護で、回復に向かうものの、父は意識があるうちに人生を終わらせたいとエマニュエルに頼む。母親はパーキンソン病を患い、父とは別居中。エマニュエルは妹のパスカルに相談するが、娘二人は気が進まない――

筆者自身、父を母と妹と三人で、その数年後、母を妹と二人で看取ったことがあり、環境が近いせいか当時の体験を思い出していました。当時は1分1秒でも長く、親に長生きしてもらいたいという一心でしたが、これがもし自分のことだったら、どうだろうと考えます。好きなこともできず、ベッドの上でただ時間が経つのを待つ身になってしまったら。家族に負担をかけてまでそうする価値はあるのだろうか。ましてやアンドレは85歳。人生をもう十分、楽しんだと自覚しています。

アンドレ・デュソリエ、シャーロット・ランプリングらフランス映画界を代表する名優陣が出演

わがままだけど何故か憎めない、長女のエマニュエルにちょっとだけ贔屓目な毒舌の父親アンドレを演じているのはアンドレ・デュソリエ。『愛を弾く女』(92)、『恋するシャンソン』(97)、『将校たちの部屋』(01)でセザール賞を3度受賞した、フランス映画界を代表する名優です。長年に渡り、彼の恋愛沙汰に苦しめられ、ツンデレ気味な母親は『さざなみ』(2015)でアカデミー賞にノミネートされた、国際的に活躍するシャーロット・ランプリング。オゾン監督作品はこれまで『まぼろし』(2001)、『スイミング・プール』(2003)、『17歳』(2013)に出演している常連です。

父親役はアンドレ・デュソリエ
母親役のシャーロット・ランプリング(右)

父親の意志を尊重しながらも、受け入れがたい現実と向き合う家族の葛藤をリアルに描く

――リハビリが功を奏し、日に日にできることが増え、生き生きとし始める父。孫の発表会を楽しみにしたり、お気に入りのレストランの予約を頼んだり、生きる喜びを取り戻したかのようだった。娘たちはホッとするが、父の意思は堅かった――

父の回復を喜び、祈るような気持ちで心変わりを待つエマニュエル。決行直前に取りやめた人の例を聞き、一縷の望みをかける一方、父の望みを叶えるために、心を無にして、スイスに渡る準備を着々と進めていきます。家族の前では心配をかけまいと気丈に明るく振る舞いながら、人知れず、トイレで涙することもあります。その健気な姿に父親と同室の入院患者さんから「あなたのお父さんはあなたが娘で、本当に幸せだ」と声をかけられる場面も。

父親の最期を知ると、一目逢おうとストーカーまがいの行為を繰り返す元恋人や、悲惨な戦争を生き抜いた経験から、死を選ぶことに猛反対する親族など、さまざまな人々が父親と娘たちの前に立ちはだかります。

いつかは訪れる家族の死、そして人生について考えさせられる感動作

果たして、アンドレは思いを遂げられるのでしょうか。その時、エマニュエルは? 最後の最後まで気の抜けない展開に思わず、ハラハラ。泣いて、笑って、そして気づけば、呆気なく。まるで人の一生を凝縮したようなエンターテインメント作品です。

自分は裕福だから、死に方を選べるけれど、そうでない人たちはどうするのか。

劇中のアンドレの言葉が忘れられません。どんな風に最期の瞬間を迎えられるのが本意なのか。それなら、どう生きるべきなのか。家族の場合はどうだろう。

普段、会話にしにくいテーマでありながら、実は伝えておく、知っておく必要がある大切なこと。もしかしたら、この映画をきっかけにして、素直な気持ちを話し合えるかも知れません。

『すべてうまくいきますように』
2023年2月3日(金)公開
ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、Bunkamuraル・シネマ 他公開
配給:キノフィルムズ

監督・脚本:フランソワ・オゾン(『ぼくを葬る』『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』)
出演:ソフィー・マルソー アンドレ・デュソリエ ジェラルディーヌ・ペラス シャーロット・ランプリング ハンナ・シグラ エリック・カラヴァカ グレゴリー・ガドゥボワ

公式HP:https://ewf-movie.jp/
© 2020 MANDARIN PRODUCTION – FOZ – France 2 CINEMA – PLAYTIME PRODUCTION – SCOPE PICTURES

文/高山亜紀


 

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