
カラトラバ Ref.6196P
手巻き、プラチナケース、ケース径38mm、ローズゴールドめっきオパーリン文字盤、アリゲーターストラップ、30m防水。847万円。
問い合わせ先:パテック フィリップ ジャパン・インフォメーションセンター 電話:03・3255・8109
バウハウス・デザインの正統
スマホの普及以降、腕時計には時刻を知る以外の“着ける理由”が求められている。その答えの最上位にあり、重要な使命といえるのが「次世代への継承」だ。しかるべき歴史と物語を宿した時計の運命は、決して一代の所有で終わらせてはならない。そうした哲学のもとで語り継がれてきた最高峰がパテック フィリップであり、普遍の名作「カラトラバ」である。
1932年、現代のカラトラバの原点となる初代モデル「Ref.96」が発表された。不要な装飾を文字盤から徹底して排し、擬古的な甘さを断ち切ったデザインには、1919年にドイツで誕生した総合芸術学校バウハウスの思想が色濃く反映されていた。腕時計におけるモダニズムの扉をこじ開けた究極の機能美は、時を経た現代においても全く色褪せることがない。
じつは初代「カラトラバ」の誕生は、奇しくもバウハウスがナチスの干渉と弾圧によって発祥の地で終焉を迎える時期と重なる。海を渡ってアメリカのニュー・バウハウスへと受け継がれた「より少ないことは、より豊かなこと」という精神は、スイスでは「カラトラバ」に確かな形として結晶化した。不朽の芸術運動を永遠の生命へと昇華させた存在なのである。
「6196P」は、その由緒正しい系譜の直系に連なるモデルである。品番末尾の「96」は初代の正統を示す特別な数字であり、さらに手巻きでスモールセコンド仕様であれば、不可侵の古典の血脈は強く意識される。リューズに刻印される“カラトラバ十字”は、12世紀にイスラム勢力の侵略と戦い、街を守った勇敢な騎士団に由来する、ブランドの誇りの象徴だ。

剣で描かれた十字架と4輪のユリを図案化した、カラトラバ騎士団の紋章。パテック フィリップは1887年から自社のシンボルとした。
いっぽうで、この新作に採用されたローズゴールド色の文字盤は、特有の色香を放っている。バウハウス的でストイックな造形のなかに宿る、このロマンティックで情緒的な色彩は、90年を超えた古典の枠組みから軽やかに越境していく。それもまた「カラトラバ」の奥深い真髄である。
こうした至高の腕時計を手にする意味は、次世代へとその価値を手渡していくことにある。単なる相続や譲渡ではなく、優れた文化財は守り抜かねばならない。持ち続けること、そして受け継ぐこと。それが持ち手に託された正義であり、負うべき責務なのである。

サファイヤクリスタル・バックから覗く最新ムーブメント「Cal.30-255 PS」は厚みわずか2.55mm。ブリッジ構成、表面仕上げの見事さは圧巻だ。
並木浩一(なみき・こういち)
桐蔭横浜大学教授、時計ジャーナリスト。GPHG(ジュネーブ時計グランプリ)アカデミー会員。著書に『腕時計一生もの』『ロレックスが買えない。』等。
構成/富永 淳
※『サライ』2026年7月号より






