
2026年3月1日まで国立工芸館(石川県金沢市)にて開催されている「工芸と天気展」。北陸地方特有の気候や変わりやすい空模様と、この地に根付く豊かな工芸文化の関係性を掘り下げた、非常にユニークな展覧会となっています。サライ.jpでは、すでに同展の展覧会レポートを公開しましたが、今回さらに、同展の展示を担当した日南日和さん(国立工芸館 特定研究員)に、展覧会の見どころや必見のおすすめ3作品などを聞きました。
湿度が生む漆の艶、天気が育む技
――まず、「工芸と天気展」を企画したきっかけから教えてください。
日南:私は千葉県出身で、国立工芸館で働くために石川県へ移住しました。住んでみると天気が毎日コロコロ変わる。朝は晴れていたのに帰りに急に雨が降る、という日も珍しくありません。でもここで工芸を研究するうちに、この天気は「悪い」だけではなく、工芸の視点から見ればむしろ「いい条件」でもある、と気づいたんです。その発見を展覧会で共有したいと思って企画したのが本展「工芸と天気展」です。
――北陸特有の天候は、工芸制作に具体的にどのように関係しているのでしょうか?
日南:たとえば漆作品を例に挙げると、漆は湿度を取り込んで固まります。輪島塗の作家さんに伺ってみると、「能登半島の気候は、とても塗りやすい」とおっしゃる方が多いんです。輪島は海風がよく入るため、周囲の土地と比べても湿度が少し高く、自然と工芸に適した気候風土がつくられているんです。

――作業がやりやすくなるのですね。
日南:そうですね。蒔絵などは、固まり方が速過ぎると作業が追いつかないこともあるので、その日その時の気候に合わせて漆を調合するそうです。一方で、天気は漆の光沢にも関わります。湿度が急激に変化すると艶を出しにくかったり、色が変わってしまう。気候は、仕上がった際の質感を左右します。
――北陸の天気は、1日単位でもコロコロと変わりやすいですよね。こうした目まぐるしい天候の変化は、作家の発想や芸術性にも影響するのでしょうか。
日南:北陸の空は、同じ姿がありません。雲も雪も刻々と表情を変えていきます。その分、より多くの風景を目にする機会が増えるため、作家も表現のヒントを得やすくなっているのだと思います。

――展覧会の終盤には、梅や桜など春を思わせる作品が登場します。そこにはどんな思いがあるのでしょうか?
日南:金沢は冬が長く、年によっては3月頃まで雪が残ることもあります。だからこそ、春の訪れをとても待ち遠しく感じます。本展はちょうど春の手前で閉幕することもあり、北陸の人々が春を待ち焦がれる気持ちを、会場の流れの中でも感じていただきたかったんです。加えて本展は「令和6年能登半島地震復興祈念」という位置づけもありますので、最後は未来を見据えた明るい気持ちで締めくくりたいと思いました。

――全体を通して、日南さんからおすすめしたい鑑賞のコツはありますか。
日南:本展では、作家自身の雨や雪に対するイメージが抽象的な表現となった作品を数多く紹介しています。ぜひ、ご自身の“雨や雪の記憶”を重ねあわせて、「これはどのくらいの雨だろう」「雲の重さはどんな感じだろう」と各作品から自由に想像の羽を伸ばしていただけたら嬉しいです。
師弟や仲間達と切磋琢磨を重ねてきた石川の作家たち
――本展は、北陸地方、なかでも石川県にゆかりのある作家が多く集まっていますね。
日南:当館は「国立工芸館」という性格上、金沢にありながらも、これまでなかなか地元の作家に焦点を当てた展覧会は開催できなかったのですが、今回、北陸地方の「天気」を掘り下げたことで、結果的に輪島塗、加賀友禅、九谷焼など、この土地の工芸の姿が見えてくるラインアップになったと思います。
――金沢では、ジャンルを越えた作家同士のつながりも濃い、とも聞きますね。
日南:はい。たとえば松田権六は、漆だけでなく加賀友禅の木村雨山にも教えていたとも言われます。また金工では、高村豊周と広川松五郎が中心となった工芸家集団「旡型」を軸に交流が広がり、そこに松田も顔を出していたと聞きます。さらに、富本憲吉と北出塔次郎は、色絵の技術と文様のつくり方を互いに学び合うような関係でした。系譜をたどると、作品の見え方が変わってきます。会場でも、作家同士の関係性の“線”が見えるように作品を配置しています。ぜひ、気になった作品があれば、探っていくと思わぬつながりが見えてくると思います。


本展で見逃せない、日南研究員のおすすめ3作品
――ここからは、日南さんのおすすめ作品を3点、教えてください。
日南:とくに展示室でご覧いただきたい作品として挙げるなら、まず1点目は本展メインビジュアルにも選ばれている番浦省吾《双象》です。この作家は能登・七尾の出身で、輪島で蒔絵を学び、その後は京都で制作を続けましたが、主題は故郷の海と空だったそうです。離れても故郷を思うまなざしが、迫力ある画面に込められています。

――色漆の奥深い色彩と、銀色に輝く箔使いが強く印象に残りました。
日南:この銀色の部分は高純度のアルミ箔を手でもみ込んで貼り付けています。漆作品では一般的に金箔が使われることが多いのですが、漆とアルミ箔の組み合わせは珍しいと思います。色漆の微妙なグラデーションも、写真や画像よりも、実物を目の当たりにするとぐっと奥行きを感じていただけると思います。

――では、2点目を教えていただけますか。
日南:水口咲の《乾漆箱「新雪」》です。作品全面を覆う鮮やかな朱色が印象的ですが、実は、降ったばかりの雪をイメージしてつくられた作品です。360度見られるケースで展示しているのですが、正面からはふんわりした質感が感じられ、後ろに回ると、稜線のきゅっとしたフォルムが印象的です。新雪の柔らかさと、押し固めた硬さ、その両面が一つの形に凝縮された作品です。

――もう1点、漆芸以外ではいかがでしょうか?
日南:漆芸以外では、やはり木村雨山の加賀友禅をじっくりと見ていただきたいです。木村雨山は加賀友禅を伝統的な職人の技から芸術へと押し上げた功労者で、帝展や日展でも活躍を重ね、加賀友禅の人間国宝に認定されています。本作は、臙脂、藍、黄土、草、古代紫など伝統的な加賀五彩を基調にしながら、刺繍や金箔の“すり箔”なども取り入れ、伝統と個性が結びついた一枚だと思います。糸目糊を使って引かれた線も均一ではなく、絵柄のかたちに合わせて太さを柔軟に変えるなど、円熟した技術が感じ取れると思います。

――最後に、読者へのメッセージをお願いします。
日南:開幕前は、「結構地味なテーマだね」と言われることもありましたが、実際、北陸地方在住の方からは、作品をご覧になって、とても共感できる部分が多かったとお声がけいただくことができました。また、県外の方でも、展示を通してあらためて石川県の天気や風土にも目を向けていただける機会になるのではと思います。鑑賞後、日々の空模様の見え方が少し変わるかもしれません。ぜひ展覧会をご覧いただければ嬉しいです。
展覧会情報

移転開館5周年記念 令和6年能登半島地震復興祈念 工芸と天気展 ― 石川県ゆかりの作家を中心に ―
会場:国立工芸館(石川県金沢市出羽町3-2)
会期:2025年12月9日(火)〜2026年3月1日(日)
※会期中一部展示替あり(前期:12月9日〜2026年1月18日、後期:2026年1月20日〜3月1日)
休館日:月曜日(ただし1月12日、2月23日は開館)、年末年始(12月28日〜1月1日)、1月13日(火)、2月24日(火)
開館時間:午前9時30分~午後5時30分(入館時間は閉館30分前まで)
文・撮影/齋藤久嗣





