パリで400年の歴史を誇るグランメゾン(高級フランス料理店)の、世界唯⼀の⽀店「トゥールダルジャン 東京」。その総⽀配⼈であるクリスチャン・ボラー氏と、エグゼクティブシェフのルノー・オージエ氏(以下オージエ氏)に来日から現在に至るまでの逸話を伺いました。後編は、2019年のM.O.F.(フランス国家最優秀職⼈章)に続き、フランス共和国の農業・⾷料主権⼤⾂より与えられる勲章のひとつである、フランス農事功労賞(LʼOrdre du Mérite Agricole)を授与されたオージエ氏のインタビューをお届けします。
【前編】総⽀配⼈ クリスチャン・ボラー氏 インタビュー記事はこちら。(https://serai.jp/premium/1209564)
M.O.F.受章から5年、フランス農事功労賞受章
―2019年には、⽇本在住のシェフとしては37年ぶりに、M.O.F.(フランス国家最優秀職⼈章)を受章されました。M.O.F.は、フランス⽂化の最も優れた継承者たるにふさわしい⾼度な技術を持つ職⼈に与えられるフランス国家の称号で、フランス料理界最⾼峰の栄誉として知られています。それに続き2024年は、1883年に創設された、農産物対外輸出、外国市場での販売促進、およびフランスの⾷⽂化の普及に特に功績のあったフランス⼈や外国⼈に授与される勲章、フランス農事功労賞を受章されました。今回の感想をお聞かせください。
非常に名誉なことでした。私の国から勲章をいただいたということは、努力してきた仕事が認められたということです。日本で仕事をするにあたり、メゾンの歴史を継承しながら、これまでの経験で得た知識を加え、新しいクリエイションを届けてきました。その中で、2019年にフランスの最優秀職人賞『M.O.F.』という称号をいただきました。その証として、コックコートの襟には、こうしてトリコロールカラーが付けられています。
フランスが持つさまざまな遺産の中に、フランス料理があります。この3色の襟がついたコックコートで皆様の前に出られることは、私の誇りでもあるのです。称号をいただくことは大変難しいことなのですが、この受章に恥じないように日常を続けることの方が、大変なことだと思っています。
それから5年、母国からフランス農事功労賞という勲章をいただけたことは、名誉なことであり、身の引き締まる思いです。
―トゥールダルジャン 東京で働くことになったきっかけは? 不安はありましたか?
いえ、あまり不安はありませんでした。トゥールダルジャン 東京で仕事を始める10年前に、日本人女性と結婚していたので、年に1度、長いときは3ヶ月ほど日本に滞在していました。そういう意味では、日本で仕事をすることにそれほどの不安はありませんでした。
そして、きっかけの話になりますが、2012年の8月にプライベートで日本に来たとき、偶然ボラー総支配人と知り合いになり、私が料理人をしている事をいろいろと話しました。すると「トゥールダルジャン 東京で働く気はありますか?」と誘われ、彼にまるで魚のように釣られたのです(笑)。私は、一度東京に来る準備時間をくださいと言ってフランスへ戻り、そこで初めて家族に日本へ行く話をして、家族総動員で来ました。
―総支配人に偶然会ったのは運命だったのかもしれませんね。
そうです、その通りです。
日本の香りとフランスの香り
―日本でフランスの本店の味を提供することのご苦労はどんなところでしょうか。
食材というのは同じ物でも味が違います。なぜなら土壌が違い、海も違うので獲れる魚の種類も違います。同じ名前の魚でも、フランスと日本を並べると全く違う魚だったりします。例えば日本のヒラメは小さく、フランスのは大きくて分厚い。そして、日本に来て私が一番大変だったのは、外に出ると日本の香りがすることでした。
フランスの市場を歩いていれば、フランスの野菜や魚など、フランスの香りしかしませんが、日本の街を歩いていると、醤油やお酒、柚子、抹茶の香りがします。そうなると、日本独特のものにとらわれた中でインスピレーションが浮かび、私のクリエイティブに影響するのです。そういうときは、プライベートで海へ行ってリフレッシュするようにしています。少し複雑な環境に身を置いているので、頭を切り替えることは難しく感じますね。
メニューづくりはまるでクロスワードパズル
―料理をする上で欠かせないことを3つ挙げるとすると?
セゾン(季節)、季節に応じた食材、そしてそれらを料理することです。お越しいただくお客さまに、季節を感じながらお食事を楽しんでいただけるよう、季節を意識することを心がけています。そのため、肉でも野菜でも、月ごとに仕入れる食材を変えています。そこから、去年の今頃は白ワインとにんじんを合わせたソースで魚料理を出したなぁとか、じゃあ今年は同じ魚でもアーティチョークと玉ねぎを合わせてみようという具合に、まるでクロスワードパズルのように組み合わせて料理をします。それらを連ねていくことで道を作り上げ、最終的にメニューになるのです。
―オージエさんの料理の原点について教えてください。
私の祖母はレストランを経営していて、とても伝統的な家庭料理を作ってくれました。私の通っていたフランスの小学校では、給食を学校で食べるか、家に帰って食べて戻ることも選べました。私は、昼食前の授業が終わるとタクシーが私を迎えに来て、祖母の経営するレストランで昼食を取っていました。タクシーでの送迎を見ていた友達たちは、「あの子は大金持ちの息子なの?」と噂をしていたそうですが、そんなことはありません。実は、毎日迎えに来るタクシーの運転手は祖父だったのです(笑)。
まずはこんな風に、料理の世界に触れるところから始まりました。今は、祖母がしてくれたような教育を、自分の子どもたちにもしてあげたいなと思っています。でも、子どもたちを料理人にしたいと思っているわけではありませんよ。休日は、食事に1時間半ぐらい時間を掛けて、家族でいろいろな話をしながら過ごします。そうすることで、フランス人の中にある「一緒に食事をして、その時間を分かち合う」という考え方が、子どもたちの中でも育ってほしいと思っています。
―今後、オージエさんが目指すこと、実現したいことを教えてください。
フランスで行われている料理人の教育法に少しでも近づけることを、日本でしたいなと思っています。私はフランスの「ジョルジュ・ブラン」(ミシュラン三つ星に輝き続けるオーベルジュ)で料理を学び始めました。約2年半が過ぎたころ、シェフから「もう次のステップに進むべきですよ」と言われたのです。
さらに「今、あなたは何を学びたい?」と聞かれ、「ジョルジュ・ブラン」がある場所とは全く違う、南西の地域のことを言ったところ、その地域にあるレストランへ行くことになりました。そうしてフランス中を回り、地方ごとの郷土料理を学びました。
いろいろなレストランを回ると、それぞれにシェフがいて、皆それぞれに料理哲学を持っているのです。フランスをだいたい一周したころ、多くのシェフから継承されたことをひとつに自分でまとめてみなさいという意図で、「今度は自分の料理を作ってごらん」と言われ、私の“料理を学ぶ旅”で学んだことを、自分のクリエイティブで表現しました。
私は、こうした(ユネスコの無形文化遺産である)フランス料理の継承を目的に「クラブ・エリタージュ」を、シェフの友人たちと立ち上げました。なかなか簡単には実現できないと思いますが、今までのシェフたちから教わったものを次の世代に引き継ぐ、そして、教わったことを忘れずに、また次へという風に次世代へ継承していくということが、フランス料理には大事だと考えています。
トゥールダルジャン 東京
住所/東京都千代⽥区紀尾井町4-1 ホテルニューオータニ ザ・メイン ロビィ階
予約・問い合わせ/03-3239-3111(直通)
営業/12:00〜13:30(最終⼊店)・15:30(閉店)、 17:30〜20:00(最終⼊店)・22:30(閉店)
定休/⽉・⽕・⽔のランチ
https://tourdargent.jp/
取材/石川晴美