文・石川真禧照(自動車生活探険家)
高級車というと、4ドアのリムジンやスーパースポーツカーが主役だった。その構図も変わりつつあり、近年ではミニバンやSUVの世界でも高級車として通用する車が現れている。ロールスロイスやベントレーもSUVのリムジンを生産するようになった時代なのだ。英国の伝統的高級車メーカーたちも時代の流れには逆らえなかった。
このような状況になると、自動車原産国のもう一方の勇であるドイツ勢も受けて立たない訳にはいかない。マイバッハは1921年9月、マイバッハ・モトーレンバウ社の生産第一号車「W3」が発表されたときから走る芸術品として人々を魅了した高級車ブランド。生産される車も豪華な木目や本革の室内は既成の車の概念を打ち破るものだった。技術面でもドイツ車初の4輪ブレーキや6気筒エンジン、全速度域対応の1速ギアなど既成概念を覆すものが多かった。ダイムラーがマイバッハを買収したのが2002年。そのネームバリューを活かし、さっそくメルセデス・マイバッハの高級車が造られた。その最新モデルが「EQS 680 SUV」だ。
メルセデスの最新技術を導入した100%電気自動車をベースに高級車にふさわしい車に仕立てた。マイバッハブランド初のSUVが誕生した。
新しい車が発売されて、試乗するときに迷うことがある。それはどこに乗りこむかだ。試乗するのだから、運転席に座り、動力性能や操縦性能を確かめるのは当然だが、リアシートがある車はリアシートにも座ってみたい。乗り心地や室内への侵入音などを確かめてみたいからだ。ひとりで試乗するときは後席に座って、走行するのは無理だが、運転を頼める人がいるときは極力、リアシートに座り、走りを確かめることにしている。
迷うのは、先にどちらにするかだ。今回も迷った。しかもオプション設定のファーストクラスパッケージ(123万6000円)が装備されている。後席は左右ひとりずつ、専用のシートが備わるオプション装備車。でもリチウムイオン電池、118kwhの2モーター、4輪駆動、一充電走行距離640kmのメルセデス自社開発のEV性能も確かめてみたい。前席か後席か。
迷ったあげく、まず、ハンドルを握ることにした。マイバッハのEQS SUVはハンドル位置を右、左どちらでも選べる。試乗車は右ハンドル仕様。
ステップに足をかけ、運転席に座る。ドアは電動で操作できる。内装は真っ白。アイボリーではなく純白。ハンドルの内側まで真っ白。ポジションを調整する。メルセデス系の高級車のみに装備されている柔らかなヘッドレストクッションが後頭部に心地よい。
E(エコ)/S(スポーツ)/オフロード/S(スポーツ)インディビデュアル/MAYBACHのドライブモードから選択し、Dレンジにシフト。このレバーがコラムの右にあるレバーで、メルセデスのAクラスから共通のもの。これだけはマイバッハに似つかわしくないデザインと使い勝手だ。
スタートから車重(3050kg=約3トン!)を感じさせないトルクでグングン加速する。もちろん室内に走行音も機械音も一切入ってこない。アクセル全開加速を行ったときだけ、わずかにうなり音が聞こえたぐらい。とにかく静か、そして快適。カタログ表記では一充電走行距離が、640km(WLTCモード)。実際の走行でも街中を中心に50km以上走行しても電池は10%減らなかった。東京―大阪を充電なしで走行できる計算だ。
余裕のEV走行を楽しんだあとは後席での試乗。
センターコンソールをはさんで1名ずつのセパレートシートは、いかにものぶ厚いクッションにオットマン、シートは背もたれが倒れながらスライドする。ラゲッジスペースとの間は固定ボードで仕切られている。左右シートの間にはシャンパングラスが収納でき、センターアームレストからはラゲッジスペースに収まっている大型のクーリングボックスがつながっている。そのセンターアームレストにはヒーターも内蔵され、折り畳み式テーブルも収まっている。このままウトウトしながら東京から名古屋や大阪に向かえば、まさに、ファーストクラスの気分だ。
これからの時代のリムジンというのはこういう乗り物のことをいうのだろう。一過性かもしれないが歴史に残る名車になるかもしれない。というのが試乗しての実感だ。
メルセデス・マイバッハ/EQS 680 SUV
全長×全幅×全高 | 5135×2035×1725mm |
ホイールベース | 3210mm |
車両重量 | 3050kgg |
モーター | 永久磁石同期 2基 |
最高出力 | 658ps |
最大トルク | 955Nm |
駆動形式 | 4輪駆動 |
一充電走行距離 | 640km(WLTC) |
使用燃料/容量 | リチウムイオン電池/118kwh |
ミッション形式 | 電気式無段 |
サスペンション形式 | 前:4リンク式/後:マルチリンク式 |
ブレーキ形式 | 前:ベンチレーテッドディスク 後:ベンチレーテッドディスク |
乗員定員 | 4名 |
車両価格(税込) | 2790万円 |
問い合わせ先 | 0120-190-610 |
文/石川真禧照(自動車生活探険家)
20代で自動車評論の世界に入り、年間200台以上の自動車に試乗すること半世紀。日常生活と自動車との関わりを考えた評価、評論を得意とする。
撮影/萩原文博