写真・文/鈴木拓也

以前から大きな話題となっていた、「フェルメール《真珠の耳飾りの少女》展」(大阪中之島美術館)が、去る8月21日開幕した。

展覧会名から誤解を受けそうだが、展示される全12点のうち、ヨハネス・フェルメールの作品は2点。他は、レンブラントを始め、17世紀のオランダ絵画を代表する画家の手による作品である。いずれもハーグのマウリッツハイス美術館所蔵の作品であり、改修による臨時休館に伴い、日本での展覧会が実現した。

今回の探訪記では、本展のさわりとなる作品を一部紹介しよう。

展覧会が開催されている大阪中之島美術館。

古地図で見るデルフトの街

アジアとの交易で支配的な立場を獲得した17世紀のオランダは、空前の繁栄を享受していた。裕福な市民たちの間では、自邸に絵を飾ることが流行し、歴史・宗教色のない風俗画がもてはやされた。画家たちも競うように注文主の依頼に応え、数々の秀作が生みだされた。後世の人は、この時期をオランダ絵画の「黄金時代」と呼んだ。

フェルメールが生まれ育ったのは、商業の中心地アムステルダムの南西部に位置するデルフトという街であった。本展では、当時のデルフトの地図を大きく拡大した複写を展示。そこには、フェルメールの「生家」や「妻の実家兼アトリエ跡」などゆかりの場所がハイライトで表示されている。

デルフトの古地図の拡大複写。

この通路を過ぎると、幅20mにおよぶ横長のスクリーンがあり、この画家の生涯と描いたモチーフを全作品でたどる解説映像が流れている。その次の通路の壁には、今回展示の2作品を除いた全作品の複写が飾られている。

静けさと内省性が醸し出された初期作品

その先の広々とした空間では、フェルメールが20代前半に描いたとされる《ディアナとニンフたち》がたたずんでいる。月の女神であるディアナを中央のやや左に配し、周りにはニンフ(森の精)の侍女たちがいる。いずれもうつむき加減で、鑑賞者へ視線を向けていない。ただ、近年の研究により、右奥のニンフだけは、当初は正面向きに描かれていたことが明らかになった。後に下を向くように描き直したことで、「場面の静けさと内省性*」が強調されている。

離れた所から見る、ヨハネス・フェルメール《ディアナとニンフたち》
(1653–1654年頃、油彩/カンヴァス、97.8×104.6 cm、マウリッツハイス美術館、(C) Mauritshuis, The Hague)

トリビア的な話になるが、本作はかつて、レンブラントの弟子であったニコラス・マースの作品と考えられていた。後に「NMaes」の署名が偽造だとわかり、その下から「JVMeer」の署名が見つかって、本当の作者が判明した。また、最近になって右上の青空は後世の加筆とわかり、保存修復時に夕景に近い暗褐色のトーンに戻されている。

聖なる建築物の細密な内部に心奪われる

当時のオランダでは、教会内部の絵もよく描かれた。エマヌエル・デ・ウィッテは、そのジャンルの巨匠とされ、本展では《想像のカトリック聖堂の内部》が展示されている。垂直に広がりを持つ荘厳な空間に目を奪われるが、下に目を移すと何人もの人物がいることに気づかされる。彼らは、空間のスケールを比較表現する役割を担うとともに、当時の教会内の日常的な光景をも代弁している。筆者は、こちらに背を向けた青い服の男に、まず目が行った。それから、この男を基点に、左右そして奥へと視線が導かれた。何かドラマチックな物語が展開しているわけではないが、不思議と興味がわく。中央の最奥では、黄衣の司祭がミサを執り行っている。祭壇画や磔刑像などから、ここはカトリックの教会だとわかる。

作品名のとおり、本作はまったく空想上の教会を描いたものだ。カトリックのスペインの弾圧に対抗した八十年戦争で独立を得たオランダでは、カトリック教徒の信仰が制限されていた。教徒たちは、こうした絵を画家に注文し、家庭に飾って信仰のよすがとしたのである。

世界が賞賛する奇跡の絵画

本展のハイライトとなるのが、ウルトラマリンをイメージした青壁の部屋に、ただ1枚飾られた《真珠の耳飾りの少女》である。言うまでもなく、フェルメールの作品の中で最も有名で、世界中の人々に愛されてきた至宝であり、《オランダのモナ・リザ》と呼ばれることもある。

モデルの少女は実在の人物ではなく、「ある種の性格やタイプを表現した頭部や顔の習作*」で、ジャンルとしてはトローニーに属する。この画家の他の作品と異なり、明示的な背景はなく(描かれた当時は右上に濃緑色のカーテンがあったが)、暗闇から少女の姿だけが浮き出た印象を与える。肩越しにつぶらな瞳でこちらを見つめ、口をわずかに開けている。どんな感情を抱いているのか、どのような背景の持ち主なのか、鑑賞者は想像をめぐらし、結論が出ないことから一層、この少女に惹かれる。それが傑作を傑作たらしめている要因の一つになっている。

画集やインターネットで何回となく本作を観てきた筆者だが、額装された原画から放たれる不思議なオーラに心をさらわれ、しばしその場に立ちすくんでしまった。

さて、全12作品を観ての率直な感想を述べると、「珠玉の作品群」といった褒め言葉が陳腐に感じられるほどの傑作揃いと言わざるを得ない。どの作品にも固有の見どころがあり、いわく言い難い魅力があり、鑑賞していて時が経つのも忘れることだろう。チケットは抽選枠がいくらか残っているだけだが、チャンスがあればぜひとも訪れたい。

*がついた括弧内の文言は本展の公式図録より引用。

【開催要項】フェルメール《真珠の耳飾りの少女》展
会期:~2026年9月27日(日)
会場:大阪中之島美術館
住所:〒530-0005 大阪府大阪市北区中之島4丁目3−1
問い合わせ先:大阪市総合コールセンター 06-4301-7285
公式サイト:https://vermeer2026.exhibit.jp
開館時間:午前9時30分~午後5時(入館は午後4時30分まで)
また、金曜日及び9月6、8、12~16、19~27日は午後8時まで(入場は午後7時30分まで)
休館日:なし(無休)
料金:公式サイト参照
アクセス:公式サイト参照

写真・文/鈴木拓也
老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライターとなる。趣味は神社仏閣・秘境めぐりで、撮った写真をInstagram(https://www.instagram.com/happysuzuki/)に掲載している。

 

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