2024年10月20日(日)まで、銀座・資生堂ギャラリーにて「空想の宙『静寂を叩く』 大乗寺十三室|十文字美信」展が開催されています。本展では、写真家・十文字美信さんが写真集『大乗寺十三室 十文字美信』のために撮り下ろした名刹・大乗寺の数々の写真をもとに、客殿空間を再構成した大型インスタレーションが見どころとなっています。
大乗寺は、兵庫県美方郡香美町、国立公園山陰海岸に位置する高野山真言宗の寺院です。天平17年(745年)に行基によって開かれました。その客殿は全13室にわたり、江戸中期の画家・円山応挙と一門の画家たちが描いた襖絵で埋め尽くされているため、別名「応挙寺」とも呼ばれています。
まるで“立体曼荼羅”のように美しいこの空間は、近年その芸術的価値が再評価されています。稀代の写真家・十文字美信がこの美の殿堂をどのように表現したのか。本展の鑑賞ポイントと、展覧会に先立って発売された写真集『大乗寺十三室 十文字美信』の見どころについて紹介します。
没入感あふれる圧巻の展示空間
階段を地下に降りてギャラリーにたどりつくと、松と孔雀が描かれた「孔雀の間」の襖絵をモチーフにしたインスタレーションが来場者の眼の前に広がります。すべて十文字美信さんが撮影した写真に基づいてつくられています。
照明が落とされ、静寂に満たされたギャラリー内でひときわ金色に輝く襖絵は没入感抜群。近未来の国宝の有力候補ともいわれる、応挙晩年の傑作を心ゆくまで堪能できます。
襖絵に浮かび上がる十一面観音
驚きなのは、荘厳な音楽とともに約5分間隔で「孔雀の間」の襖絵の上に大乗寺の本尊・十一面観音菩薩立像の顔面部分が浮かんだり消えたりする仕掛けです。通常の展覧会ではまずお目にかかれないような斬新な見せ方に圧倒されました。
十文字美信さんといえば、ニューヨーク近代美術館(MoMA)の展覧会に出品された、首を映さない肖像写真「首なし」をはじめ、黄金にこだわった作品集『黄金 風天人』など、独創的なコンセプトや演出で定評がありますが、本展でもやはり一筋縄ではいかない仕掛けが待っていたわけです。
一方、展示室の奥に進むと、今度は真四角の展示空間の三方に、大乗寺客殿の雰囲気を立体的に体感できるような大型写真が展開されています。落ち着いた照明のなか、大乗寺の客殿にあがりこんで間近でそれぞれの襖絵を鑑賞しているような豪華な展示空間となっていました。
また、大乗寺の襖絵は全部で13室165面ありますが、十文字さんは、その襖絵に応挙一門の絵師たちが描いた猿や亀、鯉、犬などすべての動物たちの姿をフィルムに収めたそうです。本展では、そのなかから特に見ごたえのある動物たちの姿を公開。写実的でありながら、どこか愛くるしい動物たちの姿を鮮明に捉えた撮影技術にも唸らされました。
そして、展示室を出る前にぜひチェックしてみたいのが、会場にも見本が置かれている大型写真集『大乗寺十三室 十文字美信』です。大きく迫力のある紙面には、展示同様、十文字さんの独創性や長年培ってきた撮影技術が凝縮されていました。こちらは展示室内で試し読みや注文も可能。
とても気になったので、筆者も後日あらためて本書を読んでみました。そこで、次に写真集『大乗寺十三室 十文字美信』についても見どころを深堀りしてみたいと思います。
見開き60cm!迫力のA3変形版豪華本
本書はA3変形版サイズで、縦約40cm、見開き約60cmと非常に迫力のある大形本です。豪華な専用書籍ケースと、その外側を段ボールケースで二重に封入され、光や空気による劣化を防ぐ気配りもされていました。
大乗寺十三室の襖絵を中心に、山門や鐘楼といった敷地内の四季折々の風景などを、1億画素を誇る最新の高精細デジタルカメラで新撮した写真が楽しめます。専門家の解説に加え、住職や副住職、十文字さんのメッセージも含め、全340ページの大ボリュームとなっていました。
大乗寺の襖絵はすべて重要文化財に指定されており、作品の劣化を防ぐため、普段は複製品が客殿に設置されています。しかし、本写真集の制作にあたりお寺の全面的な協力を得て、オリジナルの襖絵を客殿に戻して撮影を敢行。オリジナルが収蔵庫から取り出され、客殿に取り付けられたのは約13年ぶりとのことで、とても貴重な機会だったことがわかります。
部屋と部屋のつながりを重視して、大乗寺を立体的に網羅
写真集をパラパラとめくっていくと、本書では、単に襖絵を平面的にクローズアップするにとどまらず、部屋と部屋の連なりを意識して撮影されていることに気づきます。ある部屋の写真とあわせて、必ず隣り合う部屋の風景も一緒に構図に収められているので、読者はページをめくるたびに、部屋から部屋へと移動しながら鑑賞しているような感覚が得られるでしょう。
本尊の十一面観音立像が安置された仏間を中心とした、大乗寺というひとつの“宇宙”がどのように構成されているか、本書ではそこに十文字さんの視点が合わせられているのです。
自然光にこだわり抜いたリアルな写真
さらに驚いたのは、人工的なライティング装置を一切使わず、すべての写真を自然光のみで撮影しているという点です。光が届きにくい奥の部屋についても、襖をすべて開け放ったうえで、レフ板などを駆使して屋外からの光を取り込むなど、一枚一枚の撮影に徹底的にこだわっています。
このことにより、本書では、襖絵が描かれた約230年前の人々が見ていたであろう、静かで落ち着きのある室内空間が紙面上で再現されました。また、和ろうそくの明かりによって照らされた障壁画の美しさも目をひきます。金地に描かれた襖絵が、オレンジ色の優しい光に照らされる様子も必見。応挙がつくり出した幻想的な室内空間を堪能してみてください。
ここまで見てきたように、十文字美信さんが練り上げたコンセプトのもとで構成された展覧会と写真集は、それぞれに異なる魅力があります。しかし、共通しているのは、日本美術の殿堂として名高い「大乗寺十三室」の幽玄な美しさに対する徹底的なこだわりです。展覧会と写真集を見比べながら、十文字さんが追求した美的世界を堪能し、大乗寺の静謐な空間美を味わってみてはいかがでしょうか。
展覧会情報
「空想の宙(そら) 「静寂を叩く」大乗寺十三室|十文字美信」
会場:資生堂ギャラリー(東京都中央区銀座 8-8-3 東京銀座資生堂ビル地下1F)
会期:開催中~10月20日(日)※入場無料
休館日:毎週月曜日(月曜日が祝日にあたる場合も休館)
開館時間:平日 11:00~19:00/日・祝 11:00~18:00
展覧会詳細:https://gallery.shiseido.com/jp/exhibition/7381/
書籍情報
『大乗寺十三室 十文字美信』編・撮/十文字美信
定価:69,300円
文・撮影/齋藤久嗣