今まで普通にできていたことができなくなる。
加齢に伴う違和感を意識したエッセイストの髙森寬子さんは、大切な食を愉しむため82歳で台所を改造。快適な暮らしの本質を考える。
颯爽と暮らすための台所の工夫4箇条
1.体に合わせてリフォームを
2.出しやすく仕舞いやすい収納
3.器は漆器がおすすめ
4.取り寄せ品や冷凍の食材を多用
1.体に合わせてリフォームを
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婦人雑誌の編集者を経て、日本の伝統的な生活工芸品の作り手と使い手を結び付けたいと、62歳でギャラリー「スペースたかもり」の運営を始めた髙森寬子さん(85歳)。おもに漆器を暮らしに取り入れる提案を執筆するため、60代は地方取材に明け暮れて多忙を極めた。その頃には感じなかった老いの実感は、70代後半から訪れる。
「踏み台に上がり台所の吊り戸棚のものを取るのが怖い。しゃがんでシンクの下のものを探すのがおっくうだ、となんとなく台所が使いづらいと思ってきたことが明確になっていったのです。自分なりに工夫しながら40年も使ってきた台所ですから、今さらリフォームなんて、という気持ちもありました。しかし台所に立つのは毎日のこと。思い立ったが吉日、今日がいちばん若いのですから」
台所のリフォームをする上で真っ先に考えたのが、2~3cmほど縮んでしまった今の自分の身長に合わせることと、車椅子が入るようにすること。吊り戸棚はやや背伸びをする位置に下げ、シンクとガス台の足元を空けた。今はまだ車椅子は不要だが、椅子を置いて座って食器を洗うこともできる。
後期高齢者の視点も加味
今までの台所は収納スペースがありすぎた、と髙森さん。ゆえに戸棚の奥で眠っていた器も多かった。そこで来客用の器は最小限に、重い土鍋や鉄のフライパンは処分するなど、使用頻度や使い勝手を考慮して台所用品を選り分け、必要なものがすぐに出し入れできるようにモノの指定席を作った。
「出しやすく仕舞いやすく、なるべく重ねない。そして器は軽くて割れにくい漆器がおすすめです。口触りがよく、手には穏やかな温もりが伝わる。後期高齢者の耳には陶磁器の当たるガチャガチャという音は耳障りなのですが、漆器は耳にもやさしいですよ」
台所のリフォーム後、癌を患った夫君の療養生活や長引くコロナ禍により、髙森さんは人生で初めて1日3食の料理を作る生活を送っている。居心地のいい台所で料理を作り、好きな器で食事をすることが楽しくてしかたないと話す。ふたりで食卓を共にすることで、これまで使わなかった手持ちの器の再活用も新たな収穫になった。
また、かつては出汁を自分で引いていたが、今は出汁パックを使い、冷凍品や通販の取り寄せ品を多用。頼れるものは頼ることも重要だ。上梓した『85歳現役、暮らしの中心は台所』には、いくつになっても心地よさを追求するヒントが詰まっている。
※この記事は『サライ』本誌2022年7月号より転載しました。年齢・肩書き等は掲載当時のものです。(取材・文/関屋淳子 写真/長谷川 潤)
『85歳現役、暮らしの中心は台所』
自宅で過ごす時間をより充実させたい人から、上手く年を重ねていくにはどうするのかと考えている方まで、有益な一冊。「欲しいもの、好きなものを追求して楽しむ」という、生き方のヒントを写真とともに満載。