紫の張り箱と桐の木箱を組み合わせた『天乃頂』。蓋を外した瞬間、温かみのある金色を背に、琥珀色のカラスミが姿を現します。

紫の張り箱を縁取る金の意匠が、桐の木箱の蓋をそっと押し上げます。奥に横たわるのは、琥珀色を帯びた一対のカラスミ。宮崎・日向灘の寒ボラと海塩のみから生まれた『天乃頂(あまのいただき)』が、2026年5月1日、いよいよ全国デビューを迎えました。自らを「からすみ師」と名乗るカラスミ職人・小濱ゆうき氏が、10年余にわたり手の中で磨き上げてきた集大成の一品です。

文/土田貴史

紫が告げる、ハイブランドとしての挑戦

ブランドの名は『天乃頂(あまのいただき)』。宮崎は、古事記や日本書紀に天孫降臨の地として記されるとともに、海幸彦・山幸彦の神話にはボラが登場するなど、カラスミと縁の深い土地でもあります。「天(命)をいただく」、そして「日本最高峰の頂きを目指す」。ふたつの願いを重ねて、ブランドネームは名づけられました。

包みを覆うのは、深く澄んだ紫。冠位十二階の最高位として古来重んじられてきた色を、ブランドの顔に据えました。一筋の線で描かれた円形のロゴは、和の象徴であると同時に、人と人とを結ぶ「縁(えん)」のしるしでもあります。庶民的に広がった江戸紫でも、赤みを帯びた京紫でもなく、高貴さと普遍性を併せ持つ独自の調合へと、紫の濃度が整えられました。

蓋を外した瞬間にあらわれるのは、絶対禁色『黄櫨染(こうろぜん)』を踏まえた、温かな金色。古来、太陽の輝きを象徴してきた色合いが、琥珀色のカラスミを背後からそっと押し出します。「ハイブランドとしてのカラスミを世に送り出したい」……デザインの裏側に込められた意図が、開封のひとときから確かに伝わってくるはずです。

深く澄んだ紫の張り箱に、金の円形ロゴが浮かぶ。「縁(えん)」と「和」を一筆で表した意匠が、ブランドの世界観を象徴しています。

からすみ師を名乗る、宮崎の海に呼ばれた母

つくり手の名は、小濱ゆうき氏。宮崎県におけるカラスミ生産の祖と称される、紛れもない第一人者です。名刺の肩書きは「からすみ師」――つくるだけでなく食文化として伝え続けることを自らの役目とする、彼女ならではの呼び名です。

「カラスミは日本三大珍味でありながら、少しずつ失われつつある食文化なのかもしれません。だからこそ、未来へつないでいける存在でありたいのです」と小濱氏は語ります。もとはカフェを営みながら手作業でカラスミづくりに足を踏み入れ、未経験のまま試行錯誤を重ねて独自の技術体系を編み上げてきました。2013年、日向灘で水揚げされる寒ボラとの出会いを経て、その手応えは確信へと変わっていきます。

発表会の場で、母の歩みと『天乃頂』の物語を世に伝えたのは、彼女の娘である小濱美礼(みらい)氏。「美しい輝き、琥珀色の透明感、濃縮された旨み――母のカラスミを初めて口にした幼い日の衝撃を、いつか多くの方の食卓にお届けしたかったのです」と振り返ります。母が紡いだ技と、娘が描く未来。家族のあいだに通う深い信頼が、ブランドの背骨を支えています。

発表会でカラスミとの出会いを語る、カラスミ職人・小濱ゆうき氏。「からすみ師」と自ら名乗り、つくる行為と伝える行為を等しく担うことを自身の使命と語ります。

12月の日向灘。寒ボラを迎える冬の朝

『天乃頂』の物語は、冬の漁港から始まります。宮崎県の日向灘は、黒潮の影響を直接受ける豊饒の海。日本有数のボラの産地として知られながら、地元の食卓では長らく無名のままに、ボラの大半は県外や国外へと出荷されてきました。「目の前で水揚げされる、キラキラと光る寒ボラを、宮崎のものとしてこの世に送り出したい」。小濱氏が決意したあの日と変わらず、同じ風景が毎冬、産地に広がります。

寒ボラとは、産卵期を迎えて冬の沖合へと回遊する大型のボラのこと。日向灘の沖でじっくりと脂を蓄えたボラは、癖のない弾力に満ちた白身魚であり、なかでも雌の抱える真子は、カラスミづくりに理想的な状態をたたえています。最盛期はちょうど12月。潮風の冷たい朝、小濱氏は一尾ずつボラを手に取り、身の張り、真子の色合い、脂のりを確かめていきます。

「漁師さんは、自分が獲った魚がどこへ行き、どう変わっていくのかを知らないままで終わることが多いんです」と小濱氏は静かに語ります。「お父さんが獲った魚で、この一品がつくられたんだよ――そう未来の子どもたちに伝えられる産業を、カラスミを通して残したいのです」。一尾ごとに交わされる目利きの所作には、産地への深い眼差しが宿っています。

宮崎の漁港で、水揚げされたばかりの寒ボラを手に取る小濱氏。身の張り、真子の色合い、脂のりを一尾ずつ見極め、最良の原料のみを工房へ持ち帰ります。

銀の魚体から琥珀の真子へ。工房の手仕事

工房に運び込まれた寒ボラは、その日のうちにすべて下処理が施されます。作業台に並ぶのは、銀色の鱗をまとった一尾、また一尾。青い手袋が腹を慎重に開き、内に抱かれた一対の真子を、指先の感覚だけを頼りに迎え入れていきます。わずかな力加減を誤れば破れてしまう繊細な工程は、機械では決して代替できません。

銀色に光る寒ボラの腹から、琥珀色の真子をそっと取り出す瞬間。手の感覚だけを頼りに、傷をつけぬよう慎重に作業が進みます。

続くのは、いっそう細やかな手仕事です。真子の表面に走る細い血管を、針の先で一筋ずつ引き出し、内に潜む血栓まで丁寧に取り除いていきます。「血液がわずかでも残れば、仕上がりの色に翳りが差し、味わいにも雑味が混ざってしまいます」と小濱氏。刺繍を施すかのような所作が、これから続く塩漬け、乾燥、熟成のすべての土台を、ひっそりと整えていきます。

真子の表面に走る血管を、針で一筋ずつ引き抜く血抜き作業。見た目の美しさだけでなく、味わいの透明感を生む下処理として欠かせない工程です。

塩と杉板が交わす、静かな対話

下処理を終えた真子は、宮崎産の天日塩と平釜塩を複数ブレンドした日向灘の海塩に包まれていきます。ふわりと舞い落ちる塩の粒が、琥珀色の真子を雪のようにやさしく覆っていくのです。「塩漬けは、単なる味付けや保存処理ではありません。真子の水分と質感を整えるための、繊細な導入工程なのです」と小濱氏。個体差を見極めながら、塩の当て方を一つひとつ手で調整していきます。

宮崎産の天日塩と平釜塩を複数ブレンドした海塩を、下処理を終えた真子にまとわせていく塩漬けの工程。塩は味付けのみならず、真子の水分と質感を整える役割も担います。

塩に包まれた真子は、その後、無垢の杉板に挟まれて寝かされます。上から重しを載せ、ゆっくりと余分な水分を落ち着かせながら、塩のなじみ方を均一に整えていく――「圧熟」と呼ぶべき独自の工程です。この杉板こそ、小濱氏が「天変地異や災害があったら、何があっても抱えて逃げる」と言い切るほどの、製法の根幹をなす道具にほかなりません。宮崎の林業の職人にカラスミ専用として伐り出してもらい、薬品を一切使わず乾燥とエイジングを経た一枚です。

塩をまとった真子を、職人が伐り出した無垢の杉板で挟む圧熟工程。薬品を一切用いず乾燥とエイジングを経た杉が、真子の質感をゆっくりと整えていきます。

ここまでの工程に共通しているのは、徹底した「引き算」の発想です。多くのカラスミが清酒や焼酎、調味料に漬け込まれ、つくり手の個性を香りとして立ち上げるのに対し、『天乃頂』では塩と杉だけを残し、それ以外を意識的に取り除いています。「カラスミを初めて口にする方が、本当に美味しいと感じてくださるのはどんな味か。そう自問してたどり着いた答えが、引き算の美学でした」と小濱氏。余計な要素を引いていくほどに、素材本来の旨みと、塩が引き出す純粋な甘みが、舌の上にすっと立ち上がります。

紅茶と、芋と、カナッペ…料理人たちが見いだした余白

2026年3月末、東京で開かれたデビュー発表会では、福岡のフレンチビストロからゲストシェフが招かれ、塩だけで仕上げたカラスミの可能性を一品ずつ提示していきました。あえて酒類は供されず、合わせるのはいずれも個性的なノンアルコール飲料という構成です。

まず登場したのは、カリフラワーとカラスミのカナッペ。添えられたのは、佐賀・唐津で木の上で完熟させた「木熟完熟みかんジュース」。続いて、寝かせたイカに刻んだカラスミと金ゴマのコールドプレスオイルを和えた唐津のイカそうめんが運ばれ、最後にはゴマのクラッカーで挟んだカラスミ大学芋がスイーツとして供されました。芋のカラメル感と『天乃頂』の旨みが響き合った瞬間、会場の空気が静かにざわめきました。

「カラスミにはフローラルな香りやキャラメル香と寄り添う特性があります」とブランドプロデューサー。「パスタに削る」「日本酒の肴に添える」という従来の枠組みを超えて、紅茶や釜炒り茶、果実のジュースまで――『天乃頂』が抱える余白は、その日のプレゼンテーションで次々と更新されていきました。

発表会で供されたカラスミ大学芋。芋のカラメル感と『天乃頂』の旨みが響き合い、ノンアルコール飲料との新しいペアリングを描き出します。

ジャパニーズスタイル・オブ・キャビア。世界が気づく前に

発表会で示されたデータによれば、ウニやキャビアは2013年比で2倍から5倍の価格上昇を見せている一方、カラスミだけはほぼ横ばいに留まっています。理由は単純で、まだ日本のカラスミが世界に十分に知られていないからです。そして、いったん広く知られた瞬間、価格は他の高級食材と同じ階段を駆け上がっていくと、ブランドプロデューサーは見ています。

加えてカラスミには、常温で365日の賞味期限を持つという、ウニやイクラにはない強みがあります。保存性に左右されることなく、世界各地へ安定して供給できる体制を築きやすいのです。「Japanese Style of Caviar」――日本式のキャビアという、海外の受け手にも想像のつくキャッチフレーズを掲げ、『天乃頂』はニューヨーク方面への進出も視野に入れながら、国際展開への足がかりを着実に築きつつあります。

国内では、2026年5月1日より公式サイト(amanoitadaki.jp)および大丸松坂屋百貨店の2026年お中元企画「ザ・プレミアムセレクト」にて販売が始まりました。決して気軽に手の届く価格帯ではないものの、世界がこの琥珀色の存在に気づく前のいまこそ、出会いの好機といえるでしょう。日本の食卓の奥に静かに息づいてきた珍味が、新たな一歩を踏み出します。

『天乃頂』を薄く切り出し、大根を挟んだ一皿。塩だけが引き出した琥珀色の艶と、ねっとりと舌に寄り添う質感が、引き算の美学を物語ります。※画像は盛り付け例。

商品概要
ブランド名:天乃頂(あまのいただき)
全国発売日:2026年5月1日(金)
販売先:天乃頂公式サイト(amanoitadaki.jp)、大丸松坂屋百貨店「ザ・プレミアムセレクト」(2026年お中元企画)

小サイズ(150g以上) 2万円(税別・送料別)
中サイズ(200g以上) 3万円(税別・送料別)
大サイズ(300g以上) 4万8000円(税別・送料別)
製造:合同会社 天乃結喜商店(宮崎県宮崎市)

問い合わせ先/天乃頂(合同会社 天乃結喜商店)
Tel:0985-72-6016
公式サイト:amanoitadaki.jp

 

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