
美術館の壁に掛けられた北斎の浮世絵を眺めていると、奔流のしぶき、人々のささやき、苔むす岩肌の冷たさまでが伝わってくるかのようです。その芸術が、いま腕時計の文字盤に宿ります。ジャガー・ルクルトが「ウォッチズ&ワンダーズ 2026」で発表した「レベルソ・トリビュート・エナメル 葛飾北斎 諸国瀧巡り」は、北斎の名瀑をジュネーブ技法のエナメル細密画で再現した4つの新作です。各モデルわずか10本という限定数は、家宝として代々受け継がれていくにふさわしい稀少さと言えるでしょう。
文/土田貴史
身につけるアートという、新しい鑑賞のかたち
絵画や版画は、美術館や床の間に飾って眺めるもの。長らく続いてきたその常識を、ジャガー・ルクルトは揺さぶります。レベルソの長方形ケース裏面に、葛飾北斎の名作浮世絵を細密画グラン・フー・エナメルで再現する。この試みは、絵画を“見る”から“身に纏う”へと、芸術との関わり方そのものを更新する営みです。
腕の上に北斎の滝が宿ると、出張先のホテルで、馴染みの料理屋のカウンターで、あるいは静かな書斎で、いつでも好きな時に、その作品と二人だけの対話を交わすことができます。額装された絵を見上げるのではなく、手元に引き寄せ、光の角度を変えながら、エナメルの透明な層の奥にある北斎の世界を覗き込む。これは間違いなく、新しい芸術鑑賞の作法と言えるでしょう。
ジャガー・ルクルトが北斎の作品をテーマにレベルソを発表するのは、2018年の『神奈川沖浪裏』に始まり、2021年・2022年・2023年と続いてきました。今回の4モデルは、全8図構成の『諸国瀧巡り』シリーズの最終章にあたります。北斎の連作物語を、時計を通じて完結まで見届けた歴代コレクターにとって、この最終の4モデルが持つ意味は格別なものとなるはずです。

東西をつないだ革新者、葛飾北斎へのオマージュ
葛飾北斎(1760年頃〜1849年)は、19世紀の浮世絵に革新的な手法をもたらし、それまで限定的だった題材を風景や植物、動物へと押し広げた人物です。とりわけ『諸国瀧巡り』シリーズは、落水という主題を浮世絵で初めて描いた作品として、日本美術の転換点として認められています。
北斎が用いた青、いわゆるプルシアンブルーは、18世紀のベルリンで生み出された世界初の近代的合成顔料でした。19世紀初頭にヨーロッパから日本へ伝わったこの青は、従来の藍や半貴石からは得られない深みと永続性を備えており、北斎はいち早くこれを受け入れ、滝の力強さと威厳を見事に描き出しました。日本の浮世絵が西洋から得た顔料で進化し、その作品が再び西洋へ渡って印象派に影響を与えていく。北斎の絵筆は、まさに東西を結ぶ橋でした。
ジャガー・ルクルトのレベルソもまた、1931年の誕生時から、ヨーロッパ製のスポーツウォッチでありながら、インドのポロ競技者のために生まれたという物語を背負っています。東西の美意識をひとつに織り上げる感性の点において、レベルソと北斎は、深いところで響き合う存在と言えるのではないでしょうか。
メティエ・ラール工房が紡ぐ、2平方センチの宇宙
今回の裏ダイヤルに用いられているのは、権威あるジュネーブ技法のエナメル細密画です。エナメル職人は最低14層のエナメルを重ね、各層を800℃で焼成しては完全に硬化させ、次の層を塗布する、という工程を繰り返します。総計80時間にも及ぶ集中作業の末に、ようやくひとつの裏ダイヤルが完成します。
しかも、その舞台は北斎の原画とは比較にならない小ささです。わずか2平方センチというスケールに、木版画特有のぼかし効果まで含めて忠実に転写しなければなりません。各フレーム上部のカルトゥーシュに記されたオリジナルの日本語キャプションは、目を凝らせば確かに読み取れるほどの正確性を保っています。職人の集中力と熟練の手技が、北斎の世界を時計の裏側にそのまま閉じ込めているのです。

1本の時計の装飾に費やされる時間は、表ダイヤルのギョーシェ彫りとエナメル、そして裏ダイヤルの細密画とを合わせて100時間に及びます。これは単なる装飾ではなく、19世紀の浮世絵師が紙の上で果たした冒険を、21世紀の時計師がエナメルの上で再現する、文化的な継承の行為と言うべきものでしょう。
4つの名瀑、4つの物語
今回登場する4作品はそれぞれ、北斎が描いた滝の表情と、それを取り巻く人々の物語を伝えています。表ダイヤルには北斎の世界観に呼応するギョーシェ彫りが施され、半透明のエナメルが幾層にも重ねられました。表と裏、ふたつの顔がひとつの作品として静かに調和しています。
相州大山ろうべんの滝(Q39334T7)
清めの水たまりに集う人々と、雄大な滝の流れ。自然の力強さと人間の脆さが対比をなす一枚です。表ダイヤルにはバーリーコーン模様のギョーシェ彫りが施され、淡いウォルナットブラウンのエナメルが覆います。49本の溝にロゼット模様旋盤を3回ずつ通し、合計147回の加工を経て完成する繊細な仕上げです。


東海道坂ノ下清滝くわんおん(Q39334T8)
柔らかな絹糸のような繊細な流れと、観音寺、そして精神的な再生を求めて石段を登る巡礼者たちの姿を描いた作品です。表ダイヤルには波模様のギョーシェ彫りが浮かび、エメラルドカラーの透明エナメルが波紋を奏でます。66本以上の溝に198回の加工を施した、波打つ表情が魅力です。


美濃ノ国養老の滝(Q39334T6)
神からの贈り物として、その水は酒に変わると伝えられてきた養老の滝。北斎は滝の力強さと、その前で取るに足らない存在として描かれる人々を対比させ、伝説の精神性を捉えました。表ダイヤルには新たに採用された竹模様のギョーシェが浮かび、深みのあるオリーブカラーのエナメルが覆います。48本の溝に144回の加工を施した、新鮮な意匠です。


東都葵ケ岡の滝(Q39331T9)
岩肌を流れ落ちる力強い水流。源流の静かな湖水と、滝壺の荒々しさが鮮やかなコントラストを生みます。傍らで日常を営む人々の姿が、自然の中の人間という主題を静かに浮かび上がらせます。表ダイヤルには新たなヘリンボーン模様のギョーシェ彫りが採用され、鮮やかなシアンブルーのエナメルが重ねられています。120本の溝に360回もの加工を施した、驚異的な細工です。


各10本限定、代々受け継がれる家宝時計として
4モデルそれぞれの製造本数は、わずか10本。世界中の愛好家を見渡しても、同じ時計を手にできる人は、各モデルにつき10名しか存在しません。さらに、北斎の原画は世界中の美術館に所蔵される文化財であり、その完成度を2平方センチに再現したエナメル細密画は、もはや美術作品にも匹敵する価値を備えています。
腕時計が世代を超えて受け継がれていく文化は、ヨーロッパでは古くから根づいてきました。祖父から父へ、父から子へ。そのバトンに添えられるのが、北斎の絵筆と、ジュネーブの職人技と、200年近い時計づくりの伝統が結晶した一本だとしたら、それはもう単なる持ち物ではなく、家族の物語の一部となります。
ムーブメントには、1991年に登場した手巻きキャリバー822を搭載。高さわずか2.94mmのスリムな設計が、レベルソ特有の薄いケースと手首への抜群の装着感を実現します。42時間のパワーリザーブと3Hzの振動数を備えた、信頼性の高い精密なメカニズムです。修理とメンテナンスの体制が190年以上にわたり受け継がれてきたマニュファクチュールの製品ですから、孫の代まで時を刻み続けることが、現実的と言えましょう。

レベルソ・トリビュート・エナメル・葛飾北斎 諸国瀧巡り ‒ 相州大山ろうべんの滝
リファレンス|Q39334T7
ムーブメント|手巻ジャガー・ルクルト製キャリバー822(時、分/パワーリザーブ42時間)
ケース|18Kホワイトゴールド/45.6×27.4×9.73mm/防水30m
表ダイヤル|バーリーコーン模様のギョーシェ、グラン・フー・エナメル
裏ダイヤル|細密画グラン・フー・エナメル(クローズド)
ストラップ|ブラックアリゲーターレザー(18Kホワイトゴールド製フォールディングバックル付き)または18Kホワイトゴールド製ミラネーゼブレスレット / どちらも交換可能
限定数|10本
レベルソ・トリビュート・エナメル・葛飾北斎 諸国瀧巡り ‒ 東海道坂ノ下清滝くわんおん
リファレンス|Q39334T8
ムーブメント|手巻ジャガー・ルクルト製キャリバー822(時、分/パワーリザーブ42時間)
ケース|18Kホワイトゴールド/45.6×27.4×9.73mm/防水30m
表ダイヤル|波模様のギョーシェ、グラン・フー・エナメル
裏ダイヤル|細密画グラン・フー・エナメル(クローズド)
ストラップ|ブラックアリゲーターレザー(18Kホワイトゴールド製フォールディングバックル付き)または18Kホワイトゴールド製ミラネーゼブレスレット / どちらも交換可能
限定数|10本
レベルソ・トリビュート・エナメル・葛飾北斎 諸国瀧巡り ‒ 美濃ノ国養老の滝
リファレンス|Q39334T6
ムーブメント|手巻ジャガー・ルクルト製キャリバー822(時、分/パワーリザーブ42時間)
ケース|18Kホワイトゴールド/45.6×27.4×9.73mm/防水30m
表ダイヤル|バンブー模様のギョーシェ、グラン・フー・エナメル
裏ダイヤル|細密画グラン・フー・エナメル(クローズド)
ストラップ|ブラックアリゲーターレザー(18Kホワイトゴールド製フォールディングバックル付き)または18Kホワイトゴールド製ミラネーゼブレスレット / どちらも交換可能
限定数|10本
レベルソ・トリビュート・エナメル・葛飾北斎 諸国瀧巡り ‒ 東都葵ケ岡の滝
リファレンス|Q39331T9
ムーブメント|手巻ジャガー・ルクルト製キャリバー822(時、分/パワーリザーブ42時間)
ケース|18Kホワイトゴールド/45.6×27.4×9.73mm/防水30m
表ダイヤル|ヘリンボーン模様のギョーシェ、グラン・フー・エナメル
裏ダイヤル|細密画グラン・フー・エナメル(クローズド)
ストラップ|ブラックアリゲーターレザー(18Kホワイトゴールド製フォールディングバックル付き)または18Kホワイトゴールド製ミラネーゼブレスレット / どちらも交換可能
限定数|10本
問い合わせ先/ジャガー・ルクルトTel.0120-79-1833
https://www.jaeger-lecoultre.com





