文・石川真禧照(自動車生活探険家)
マクラーレンは1970年代から、レースの世界ではその名を知られていた。フォーミュラ1やインディ500レースなど主に競技用の車体を制作し、欧米のサーキットで活躍していたのだ。自社製造のエンジンを開発して、使い始めたのは2015年からで、ここからスーパーカーメーカーとしての本格的なスタートが切られた。
しかし、生産される車は生産台数も限定され、サーキットを走ることを主目的としたマシンが多かった。当然、熱心な顧客からは、いつでも使えるマクラーレンが欲しい、という声が上がった。ヨーロッパ大陸を横断できるGT=グランドツアラーが欲しい。そのためには長距離ドライブでも余計な神経を使わずに走れる快適性と、何より旅行に必要な荷物が積める空間が必要だった。
こうして、2019年春に初代マクラーレンGTが誕生し、同年冬から納車がはじまった。他のマクラーレンスポーツカーと同じく低い車体と上下方向に可動するドアを持ち、マクラーレンが初めて実用化したカーボンファイバーの骨格とアルミの車体で構成されていた。
多くの荷物が積めるよう車体後部に搭載されるエンジンは搭載位置を低くし、排気管の構造を変えることで、180cmクラスのスキー板や、ゴルフクラブであれば2セットに加えてバッグが収納できる広さを確保。さらに車体前部にも深さ40~53cm、幅72cm、奥行32cmの荷室が設けられている。
初代GTは車体後部に横置きのガラス製ゲートを採用していたが、最新の2代目GTSは、前ヒンジのリアゲートに替わっていた。それでも荷室の容量は変わっていない。長距離旅行でも十分に使える広さが確保されている。
装備も充実している。室内の天井は標準仕様ではカーボンファイバーコンポジット製だが、試乗した車はパノラミックガラスルーフが装着されていた。このルーフとリアのテールゲートのおかげでナナメ後方の視界が良く、これも長距離運転のときに余計な神経を使わずに済む理由のひとつだ。
最新のGTSはエンジン音も抑えられているので、高速走行時でも音楽を楽しめた。静粛性を意識してかオーディオも英国の高級スピーカーメーカーの製品を12個も装着している。
GTの時代から15馬力向上したV8、4Lツインターボガソリンエンジンは、時速60キロ、1000回転で、走行することもできるほどの柔軟さが魅力。7速自動変速の100キロ巡航は1800回転でもストレスなく、普通に走ることもできる。見た目はサメのような鋭さを感じさせるスポーツカーだが、実際にハンドルを握り、街中を走ってみると、人懐っこいイルカのように従順に動いてくれる。街中での走行を意識し、車体最低地上高も通常は110mmと低いが、路面の段差などではスイッチ操作で、前輪部が瞬時に20mm高くなる、という装置も採用されている。
乗り心地もダイヤル操作で3段階に切り替えることができる。ハンドルは常に重めだが、安定感があり、走行中の疲労感は抑えられている。高速巡航で走行車線から追い越し車線に入ったときに、前方の車がこちらの姿を確認すると進路を譲ってくれることが多く、これもラクに走行できる理由のひとつだった。
もちろん、美しいイルカもひとたび牙を剥き出せば、そこはフォーミュラ1生まれのDNAで、一気にスーパースポーツの本領を発揮。V8エンジンは7800回転まで上昇し、4000回転からの排気音はレーシングカーを思わせると同時に、運転者もレーシングドライバーの心境に突入させられる。そういう一面も秘めてはいる。
しかし、それはGTSに関しては裏の素顔。あくまでもグランドツーリング用の2人乗りスポーツカーとして、長距離旅行を楽しめる車だ。
マクラーレン GTS
全長×全幅×全高 | 4683×2045×1213mm |
ホイールベース | 2675mm |
車両重量 | 1456kg |
エンジン | V型8気筒DOHCツインターボ 3944cc |
最高出力 | 635PS/7500rpm |
最大トルク | 630Nm/5500~6500rpm |
駆動形式 | 後輪駆動 |
燃料消費量 | 7.8 km(WLTC) |
使用燃料/容量 | 無鉛ハイオクガソリン/72L |
ミッション形式 | 7速自動変速 |
サスペンション形式 | 前/後:ダブルウイッシュボーン式 |
ブレーキ形式 | 前/後:カーボンセラミックディスク |
乗員定員 | 2名 |
車両価格(税込) | 2790万円 |
文/石川真禧照(自動車生活探険家)
20代で自動車評論の世界に入り、年間200台以上の自動車に試乗すること半世紀。日常生活と自動車との関わりを考えた評価、評論を得意とする。
撮影/萩原文博