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美味

おせちはいつ生まれ、どう発展したのか?|おせちと日本人

「もともと、正月の料理の主役は雑煮で、重詰め料理はその添え物でした」

重箱に彩りよく詰められたおせちは、年賀の席を華やかに演出する。おせちはいつ生まれ、どう発展したのか。その素性を探る。

時代とともにその内容は変われども、正月の膳におせちは欠かせない。本来、おせちとはどのようなものなのだろうか。

一陽斎豊国(初代歌川豊国)画『風流役者地顔五節句正月之図』。江戸後期の正月風景で手前左に四段の重箱、その後方の三方に松竹梅と海老などを置く正月の飾り料理の喰積(くいつみ( 蓬莱・ほうらい))がある。国立国会図書館蔵

一陽斎豊国(初代歌川豊国)画『風流役者地顔五節句正月之図』。江戸後期の正月風景で手前左に四段の重箱、その後方の三方に松竹梅と海老などを置く正月の飾り料理の喰積(蓬莱)がある。国立国会図書館蔵

おせちは漢字で「御節」と書き、奈良時代の朝廷内での年中行事・節会(せちえ)に由来する。節会とは正月一日の元日節会(がんじつのせちえ)、正月七日の白馬節会(あおうまのせちえ)、三月三日の上巳節会(じょうしのせちえ)、五月五日の端午節会(たんごのせちえ)など、季節の節目に開かれた宴のこと。節会を正月に限定して「御節」と呼ぶようになったのは江戸時代後半とされる。正月料理に明るい伝承料理研究家の奥村彪生さんは次のように話す。

「正月料理の主役は本来、雑煮で、まず屠蘇と雑煮をいただきました。雑煮は室町時代に上流武家の婚礼の酒肴として誕生し、それが正月を祝うご馳走になり、やがて庶民へ普及します。現代のおせちに該当するものは、江戸時代に雑煮に添えられた数品の肴のことでした」

それを示すのが、正徳年間(1711~16)、大坂の豪商、鴻池家の正月献立の内容である。雑煮の膳に続き、一汁三菜の本膳と二段重ねの重引(重詰め料理)が供された。重引の中身はたたき牛蒡、数の子、茎立(菜の花)となっている。さらに天保年間(1830~44)になると、重引はたたき牛蒡、数の子に田作り、黒豆、くわいなどが加わるようになる。これらの料理を奥村さんが再現したのが下の写真である。

宮本又次『近世なにわ商人の風習と年中行事』より奥村さんが再現した、大坂の豪商・鴻池家の正徳年間の正月料理。右から餅、大根、里芋、焼き豆腐、結び昆布が入った雑煮の膳。一汁三菜の本膳には左上から時計回りに鰤の水煮、小鯛の焼き物、里芋と豆腐の汁、鰹と大根とセリの膾(酢の物)、飯。四季蒔絵重引には酒肴が入る。

宮本又次『近世なにわ商人の風習と年中行事』より奥村さんが再現した、大坂の豪商・鴻池家の正徳年間の正月料理。右から餅、大根、里芋、焼き豆腐、結び昆布が入った雑煮の膳。一汁三菜の本膳には左上から時計回りに鰤の水煮、小鯛の焼き物、里芋と豆腐の汁、鰹と大根とセリの膾(酢の物)、飯。四季蒔絵重引には酒肴が入る。

 上写真左にある、四季蒔絵重引の三段の中身は右からたたき牛蒡、数の子、菜の花。

上写真左にある、四季蒔絵重引の三段の中身は右からたたき牛蒡、数の子、菜の花。

「入るを量って出るを制す」という商家の教えらしく、豪商でも正月の膳は慎ましかった。武家では重引を組重と呼び、その内容は鴻池家より品数が多く、食材も豊富。北越(富山県と新潟県の一部)では海老や塩引鮭も使われていた。

祝い肴の本当の意味

酒肴を重箱に詰めたのは、めでたさを重ねるという意味合いがある。江戸時代、料理の内容は地域により多少の差はあるものの、数の子、田作り、たたき牛蒡、煮豆が全国的に共通する酒肴と奥村さんは話す。現在も関東では数の子・田作り・黒豆、関西では数の子・田作りまたは黒豆・たたき牛蒡がおせちの祝い肴として欠かせないとされる。ではなぜこの4種が、情報網が発達していない当時に広く普及したのだろうか。

「当時、この4種は安価で入手しやすいものでした。なかでもニシンの腹子である数の子と田作りのカタクチイワシの稚魚は田畑の肥料として使われていました。記録はありませんが、私は江戸幕府が各藩に通達し、質素倹約や勤労奨励を食べ物を通して浸透させようとしたのではないかと思うのです。

子孫繁栄の願いを込めた数の子、五穀豊穣を願う田作り、黒豆はまめに勤勉に健康に働くように、牛蒡は身を開くことで開運の願いと、深く根を張ることから家内安泰を。幕府と武家を支えた資金源は年貢である米です。幕府は貨幣経済が進み稲作がおろそかになることを恐れ、祝い肴に意味づけをして、質素に健康で勤労することを鼓吹したのではないでしょうか」

天保の頃、鴻池家の下働き用の重詰め料理。右上・一の重は数の子、左上・二の重はたたき牛蒡、右下・三の重は田作り、左下・与(四)の重は黒豆とくわい。料理再現/奥村彪生

天保の頃、鴻池家の下働き用の重詰め料理。右上・一の重は数の子、左上・二の重はたたき牛蒡、右下・三の重は田作り、左下・与(四)の重は黒豆とくわい。料理再現/奥村彪生

冷めても美味しい保存食

おせち料理を大晦日に作り置きして、正月三が日に食べる習慣は、中国の「寒食(ハンシ)」に倣ったものだと奥村さんはいう。寒食とは先祖祭にあたる清明節(春分の日から15日後)に作り置きの冷たい料理を食べることである。

日本では、正月に各家へ竈の神様が来るという道教の教えを受け、できるだけ火を使わないようにした。聖なる竈の火は年神様と人が共食する雑煮を作るために焚いた。一年の最初に燃やす火種は神社などでいただき、かつては一家の長が雑煮を炊く習わしであった。今も京都の八坂神社では、大晦日に灯籠の「おけら火」を吉兆縄(きっちょうなわ)に移して持ち帰り、雑煮を炊くと、その年を無病息災に過ごすことができると伝わる。

おせちは保存ができる料理ということから煮しめ、焼き物、酢の物が用いられる。これらは冷めても美味しいという日本料理の特徴と結びつき、味わい深くしみじみとした旨みがある。

組重はおせちになり、作るものから購入するものに

江戸時代後期に、今に至るおせちの原型である組重ができあがり、屠蘇、雑煮、組重の順で正月を祝ったことは前述した。明治時代以降になると、雑煮も鶏がら出汁を用いたり、肉類を加えるなどの変化が起こり、黒豆・数の子・田作り・たたき牛蒡といった伝統的な祝い肴以外のものも積極的に組重に取り入れられるようになる。

江戸時代の商家の正月風景と料理の内容
天保7年(1836)出版の『萬家日用惣菜俎(よろずやにちようそうざいまないた)』より。屠蘇、雑煮、重詰め料理で客をもてなす様子がわかる。

天保7年(1836)出版の『萬家日用惣菜俎(よろずやにちようそうざいまないた)』より。屠蘇、雑煮、重詰め料理で客をもてなす様子がわかる。

料理の内容はつみれと大根入りの汁、人参・牛蒡・ごまめ・焼き豆腐・里芋の煮しめ、大根と人参とごまめの膾なます、焼き物は塩引鮭、白飯と沢庵漬け。さらに数の子や鮒昆布巻などの重詰め。

料理の内容はつみれと大根入りの汁、人参・牛蒡・ごまめ・焼き豆腐・里芋の煮しめ、大根と人参とごまめの膾なます、焼き物は塩引鮭、白飯と沢庵漬け。さらに数の子や鮒昆布巻などの重詰め。

明治43年(1910)、中川愛氷著『四季の台所』の組重の説明では、一の重には鮭の小串焼、錦玉子、銀杏松葉串、花くわいなど、二の重は小鮒飴煮、牛蒡飴煮、搗栗砂糖煮、三の重は海老小口切、蓮根薄切、蜜柑などの名前が見え、食材が豊かになっていることがよくわかる。また黒豆・数の子・田作りは安価なせいか「下物」という名前で別途記されている。

さらに時代が下ると、正月料理は雑煮よりも組重に重点が置かれるようになり、大正2年(1913)には、かまぼこ・伊達巻・栗きんとんが加わる。家庭料理だった料理は料理屋でも製造されるようになり、基本的には一の重は祝い肴と口取り(かまぼこ、きんとんなど)、二の重は海老や鯛などの焼き物、三の重は膾などの酢の物、与の重は煮しめを詰めた。大正5年(1916)には大阪三越百貨店で組重が売り出された記録が残る。用いる食材もそれぞれ縁起や意味合いを込め、晴れやかな正月料理が強く打ち出された。

経済成長とともに豪華に

「昭和30年頃までは各地域により、正月料理の違いが鮮明にありました。焼き魚や煮魚も鯛や鰤、鮭、鰈、鮒、秋刀魚など様々でした。また組重ではなく、大鉢や大皿で供するところもありました。昭和40年代になると、組重はマスコミにより『おせち』の名前で浸透していきます。ローストビーフや鴨肉などの肉類、スモークサーモンなど目新しい料理が登場し、正月料理の講習会が盛んに行なわれました。さらに高度経済成長とともに、イタリアンやフレンチ、中華という和食以外の要素も増え、正月くらいはちょっと贅沢をしたいという庶民の気持ちに応え、伊勢海老や雲丹、フォアグラなど豪華な食材も登場。また、核家族化に伴い二段重や一重物が多くなり、おせちは家で作るものではなく、購入することも多くなりました」

奥村さんの指摘通り、近年は新しい食材や手法を取り入れたおせちが多いが、素材を生かす和の料理法も見直されているという。

ところでおせち料理の監修もしている奥村さんに「サライのおせち」の内容を見ていただく。

「酒の肴が多く、大人が喜ぶおせちですね。『南総里見八犬伝』の作者として知られる滝沢馬琴は、食にも精通する江戸の通人でした。馬琴に倣い、元日の朝は屠蘇と雑煮をいただき、昼は酒肴溢れるおせちで、大いに酒を楽しんでみてはどうでしょう。さらに翌日は残った料理をオードブルのように綺麗に皿盛りで出すと、気分も変わって楽しめます」

時代とともに変遷を重ね育まれてきたおせち。正月料理を大切にしてきた日本人の食文化を今一度、見つめ直してみたいものだ。

解説 奥村彪生(おくむら・あやお)さん(伝承料理研究家・82歳)
奥村彪生(おくむら・あやお)さん

昭和12年、和歌山県生まれ。奥村彪生料理スタジオ・道楽亭主宰。料理研究家の土井勝に師事し、土井勝料理学校の教務主任を務める。著書に『日本料理とは何か』『日本めん食文化の一三〇〇年』ほか多数。(写真/小林禎弘)
※奥村彪生さんの【朝めし自慢】はこちら

おせち料理の意味

おせち料理に使われる食材はそれぞれに意味や願いを持つ。知っているようで詳しくは知らない代表的な10種について解説する。縁起物として先人が込めた願いや想いを知り、おせちの理解を深めたい。

【海老】その姿が腰の曲がった老人を連想させることから、家族の長寿を願い、おせちに加えられる。焼き物や旨煮など、朱色に輝くさまはめでたさを象徴するようだ。

【たこ】赤く茹でられたたこは、その色から縁起の良さを感じる。関東では酢漬け、関西では旨煮などに用いられる。また、「多幸」の字を当て、幸多き一年を願う。

【栗きんとん】栗を干して臼で軽く搗き、殻と渋皮を除いたものが搗栗(かちぐり)。「搗ち」が「勝ち」に通じることから、出陣の前の肴とされた。きんとんの黄金色は豊かさの象徴として、金運を呼ぶ。

【紅白なます】おせちの酢の物の定番。人参と大根を赤白の水引に見立て、めでたさを表している。地域によっては生魚を加えるところもある。さっぱりとして口直しにもちょうどよい。

【蕗】煮しめに欠かせない蕗は穴が開いているので先が見通せるという意味をもつ。「富貴」の字も当て、生活の豊かさも。煮しめは様々な食材をひとつの鍋で煮ることで家内安泰を願う。

【金柑】その黄金色と、名前の金柑が「金冠」に通じることから金運や開運を願う縁起物とされる。また「ん」が「運」に通じることから運を重ねるという意味もあるという。

【かまぼこ】鯰を原料とし平安時代に生まれたかまぼこは、竹筒に巻いた竹輪状のものだった。白身魚のすり身は高級品のため、室町時代からハレの日の食べ物に。紅白でめでたさも表現。

【伊達巻】黄身に白身魚のすり身を合わせて焼き、簀で巻いた伊達巻は、雲の形をしていることから、雲を「運」にたとえて運を巻くということで、開運を願う。

【蓮根】蕗と同様に穴が開いていることから、将来の見通しへの願いが込められる。蓮根は煮しめに入れたり、酢漬けにして酢蓮にしたりと、重宝する食材。

【昆布巻】「よろこぶ 」の語呂合わせで古くから多用される縁起物。昆布巻は「よろこぶ」を重ねる意味があり、鰊巻では鰊を「二親」として父母の不老長寿を願う意味もある。

※この記事は『サライ』2019年12月号より構成しています。本文中の年齢・肩書き等は掲載時のものです(取材・文/関屋淳子 写真提供/奥村彪生)。

●「サライ特製おせち」は、こちらにご案内があります。

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