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取材・文/沢木文

結婚25年の銀婚式を迎えるころに、夫にとって妻は“自分の分身”になっている。本連載では、『不倫女子のリアル』(小学館新書)などの著書がある沢木文が、妻と突然の別れを経験した男性にインタビューし、彼らの悲しみの本質をひも解いていく。

* * *

お話を伺ったのは、皆川憲明さん(仮名・66歳・会社員)。

2歳年下の妻がクモ膜下出血で64歳の生涯を閉じたのは半年前のこと。

【その1はこちら

妻と妻の母親を引き離すために上京・転職

憲明さんは現在、東京都心のマンションに住んでおり、勤務している企業も都内にある。憲明さんは安定志向だ。地元の国立大学卒業後、信金に勤務したのに、なぜそこにいなかったのだろうか。

「妻と26歳のときに結婚してわかったのは、彼女の母親と姉2人が厄介な性格だということ。妻は結婚してからも仕事を続けていたんだけれど、その給料が奪われていることがわかった。妻が頑なに男性との交際を拒んでいたのは、男性恐怖症だけでなく、彼女の肉親の問題が大きかったから」

妻は頑なに結婚式を拒んだことで、それがわかった。

「地方の信用金庫に勤務していたので、お金の怖さは知っていた。中でも一番厄介なのは、寄生する親族。お互いに依存関係になって、共倒れになる。それで、夜逃げ同然で東京に出てきたんです」

誰も知人がいない東京で、2人きりの生活がスタート。

「24歳と26歳だから、毎日が楽しかった。すぐに仕事も決まり、彼女も働き始めた。29歳のときに息子が生まれ、32歳のときにマンションを買い、33歳で次男が生まれた」

妻は子供を産んでも、仕事を続けていた。

「働く妻が好きだった。だって最初にホレたのは、一生懸命帳簿を見る横顔だからね」

33歳で生まれた次男が熱を出した時は、憲明さんがつきっきりで看病した。

「妻は仕事をどうしても休めなかった。だから私が『息子が熱なので休みます』と連絡したら、上司に『オマエはクビだ!』って言われたのもいい思い出」

妻はそんな憲明さんに対して「私のせいで申し訳ない」と言い続けていた。

「俺は『ママ、愛しているよ。幸せだよ』と毎日のように言っていた。夫婦ゲンカはしたことないよ。生活していればいざこざは起こるけれど、話し合って解決した」

【妻の習性が、幸せな結婚生活の終わりの時間を早めていった。次ページに続きます】

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