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取材・文/ふじのあやこ

時代の移り変わりとともに、変化していく家族のかたち。幼少期の家族との関係を振り返り、自身も家族を持つようになったからこそわかるようになった思いを語ってもらいます。~その1~はコチラ

今回お話を伺ったのは、都内にある代理店で派遣スタッフとして事務の仕事をしている雅子さん(仮名・43歳)。雅子さんは長野県出身で、両親との3人家族。祖父母が亡くなってから微妙な距離でつながる両親とは大学から別々の生活を続け、就職2年目の24歳の時に結婚します。

「両親は私の目の前でケンカすることはなかったけど、寡黙で動かない父親の世話を黙々とこなす母親といった2人の姿は決して仲良しとは言い難かった。そんな両親は私が出て行ってから2人きりでどんな生活をしていたのかまったく知りません。たまに電話で話す母親の口から父親の話題が出ることは一度もなかったから。

私は大学卒業後も地元に戻らないことを伝えても、就職して2年目で結婚を決意した時も、両親は一度も反対しませんでした。父親は反対も賛成も何のリアクションもなかったというのが正しいのかもしれませんけど」

離婚、そして再婚。側で支えてくれたのは母親だけだった

しかし、雅子さんの結婚生活は2年で破綻。原因は相手の浮気だったそう。

「夫の職場にいるお節介な女性が私に教えてくれて、夫の浮気が発覚しました。夫は最初こそ謝り続けていたのに、私があまりに責めたせいなのか、家を出ていってしまったんです。夫は私を避けるようになってしまって、お互いの両親も交えての話し合いに発展しました。幸い子供もいなかったので、揉めることもなく3か月ほどで離婚に至りました。もちろん慰謝料はいただきましたよ。

離婚協議の最中や、離婚後は少しメンタル的な不調があったんですが、私は仕事を続けていたから実家に帰ることもできず、いつも通り働き続けることしかなくて。そんな私を心配して、しばらくは母親が頻繁に東京に来てくれて、家具の処分や新居への引っ越しなどを手伝ってくれました」

それから5年以上は仕事に専念していたという雅子さん。その後、新しい出会いもあり、離婚から7年後の33歳の時に今の旦那さんと再婚することに。両親の反応はどうだったのでしょうか。

「父親は一言、『そうか』ぐらいだったかな。母親はもちろん喜んでくれましたよ。まぁもう30歳を超えた立派な大人で、24歳の時の結婚も一切反対しなかった両親なんでね。夫は4歳上の初婚の男性で、仕事関係で知り合いました。穏やかな人だったので、今度こそ幸せになれると思っていました」

当時の雅子さんは朝から夜中まで働くような激務の最中で、そんな姿を見た夫はある提案をしてきたと言います。

「夫は『僕の収入で食べていけるだろうから、そんな会社は辞めたら』と言ってきました。”そんな会社”という部分には引っかかりましたが、激務の割にお給料は安かったし、役職がついても役職手当も何もないようなところだったので、夫のアドバイスを鵜呑みにして、私は仕事を辞める選択をしました」

【次ページに続きます】

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