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取材・文/ふじのあやこ

昭和、平成と時代が移り変わるのと同様に、家族のかたちも大家族から核家族へと変化してきています。本連載では、親との家族関係を経て、自分が家族を持つようになって感じたこと、親について、そして子供について思うことを語ってもらい、今の家族のかたちを迫ります。

今回お話を伺ったのは、雅子さん(仮名・43歳)。現在、都内にある代理店で派遣スタッフとして事務の仕事をしています。雅子さんは33歳の時に結婚していますが、その前には離婚歴があるそう。

優しかった祖父母が亡くなったことで家族関係は一変した

雅子さんの長野県出身で、両親との3人家族。父親は親の代から続く製造業を営んでおり、母親は一度も働くことなく、ずっと専業主婦だそう。昔は父方の祖父母と同居していたこともあり、ずっと誰かの世話をしている母親の姿を覚えていると語ります。

「父親は本当に職人肌というか、寡黙で、笑った顔なんて印象にないほど、毎日家でブスっとしていましたね。そんなまったく動かない父親の周りを黙々と働く母親の姿を覚えています。

祖父母は私が高校生の時に1年違いで2人とも亡くなってしまったんですが、2人とも体を悪くしてだったので、そのお世話もずっと母親がしていました。父親には姉が2人いるんですが、どちらもまったく親の面倒を見ることもなく、私たちの家に来ては母親に小言を言うだけ。昔は長男の嫁が面倒を見るのが普通だったのかもしれないけど、実の子供たちはまったく役に立たずに、他人の母親がずっと付きっきりで世話をしている姿は正直違和感がありましたね」

両親の仲、そして家族の仲はどうだったのでしょうか。

「両親の仲良さそうな姿は見たことありません。ケンカは……、何の話かはわからないけど、夜中に父親の怒鳴り声が聞こえてくることは何度かありました。でも、両親は私が大人になるまで、一度も目の前ではケンカをしなかったから、もしかしたら母親が一方的に父親に怒鳴られていただけかもしれません。

家族仲は、まだ祖父母も一緒にいた頃は5人で旅行にもよく出かけていたんですが、両親との3人でどっかに行った記憶はなくて。祖父母は本当にあの寡黙な父親の親なのかなって疑問に思うほど優しい人たちで、2人が元気だった頃はよく私の好きな遊園地が車で行ける距離にあったので、よく連れて行ってくれていました。父親は偉そうにしていたけど、祖父母の前では強く言えないみたいで、運転手役でこき使われていましたね(苦笑)。他にも外食もよくしていて、近所にあるレストランのソフトクリームが私は大好きで、よく祖母と一緒にシルバーカーを引きながら食べに行っていたことを覚えています」

祖父母がいた頃の記憶を楽しそうに語る雅子さんですが、3人になった後の家族関係のことについては言葉を濁すことが多く見られました。

「祖父母の世話を一心でやっていた母親は、2人が亡くなってから、なんというか抜け殻みたいになっちゃったんですよ。家で塞ぎ込む時間が増えたというか。嫁と舅姑の関係だったんですが、仲は良好でした。父親が愛想のない態度をした時には祖母が母にフォローの言葉をかけていたりもしていましたから。祖父母のことがあったから、両親にも共通の話題がまだあったんですが、その2人がいなくなってしまったことで、父親はより一層静かに、母親の口数も少なくなってしまって」

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