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取材・文/ふじのあやこ

昭和、平成と時代が移り変わるのと同様に、家族のかたちも大家族から核家族へと変化してきています。本連載では、親との家族関係を経て、自分が家族を持つようになって感じたこと、親について、そして子供について思うことを語ってもらい、今の家族のかたちを迫ります。

今回お話を伺ったのは、歩さん(仮名・35歳)。現在、関西にある企業で内勤の仕事をしています。歩さんは27歳の時に結婚、現在は奥さんと4歳と2歳になる子供、そして歩さんの父親と暮らしています。

我が道を行く父親に、家族全員が気を遣っていた

歩さんの生まれは四国の香川県で、小学校の時に父親の転勤によって兵庫県に引越し、そこから現在に至るまでずっと関西で暮らしています。家族は両親と3歳上に姉のいる4人家族。親族も東京から岡山までとバラバラで、親戚付き合いは昔からあまりなかったと言います。

「香川に住んでいた時の記憶は本当にぼんやり覚えているくらいで、借家の一軒家で、近所で仲が良かったお兄さんが飼っていた犬と、広かった庭で一緒に遊んだことが残っているくらいです。

お正月に親族で集まることもあまりなくて、従妹とも僕が生まれる前に亡くなっていた祖父の法事などで会うのみでした。だから親族といっても距離はすごく遠くて、まったくの他人みたいな感じです。集まった時はお互いに気を使っている感じがわかるので、大人になるにつれてその機会を避けるようになっていき、祖父母が亡くなってしまった今はほとんど連絡も取りあっていません」

親族付き合いがあまりない分、年末年始や大型連休などは家族だけで過ごすことが多かったそう。しかし、家族水入らずというほんわかした雰囲気ではなく、あまりいい記憶が残っていないとのこと。

「父親が気分屋というか、思い通りにならないとイライラするタイプで……。家族旅行は父親の運転で出かけることが多かったんですが、例えば父が『朝9時に出る』と一度決めると、そのペースを少しでも乱すとたちまち機嫌が悪くなる。ルーズな行為にだけではなく、時間が決まっていないものに対してもそうなんです。家族で食事に行って、父親が食べ終わったら、母親や姉がまだ食事中でも自分だけお店を出て、車の中で待つんです。それもエンジンをかけた状態で。早くしろって嫌な伝え方をしてくるんですよ。僕は男なので、母や姉よりも食べるのが早かったから、いつしか父と一緒に席を立って、2人が戻ってきた時にできる限り父が不機嫌になってないように、車の中でずっと気を遣って話しかけていましたね(苦笑)」

父親に対して気を遣っていたのは、歩さんだけではありませんでした。

「母親はいつも父親を優先していました。亭主関白という高圧的な扱いを受けるわけではないんですが、アドバイスしているようで、実は父の思っている方向へ無理矢理に誘導するといった感じでしょうか。母は僕が小さい頃は仕事をしていたんですが、中学生になったくらいからはたまに知り合いのお店を手伝っているくらいで。辞めるに至った理由は、父に『そこまで稼げない仕事ならする必要はあるのか』と言われたそうです。その話を僕が聞いたのはずっと大人になってから。母親はずっと父の言うことを聞き続けていたんだなって思いました」

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