新着記事

富士山ナイフ ―Fuji Knife―|意匠と機能が見事に融合したジャパニーズナイフの逸品

『サラ・ヴォーン・ウィズ・クリフォード・ブラウン』(エマーシー) 演奏:サラ・ヴォーン(ヴォーカル)、クリフォード・ブラウン(トランペット)、ハービー・マン(フルート)、ポール・クイニシェット(テナー・サックス)、ジミー・ジョーンズ(ピアノ)、ジョー・ベンジャミン(ベース)ロイ・ヘインズ(ドラムス)、アーニー・ウィルキンス(指揮) 録音:1954年12月18日

「編集」に隠された真実~なぜジャズのアルバムには同じ曲が何曲も入っているのか?〜「別テイク」の正しい聴き方(3)【ジャズを聴く技術 〜ジャズ「プロ・リスナー」への道20】

35%の人が旅行先でケガや病気をした経験がある一方で、「病院の場所を事前に確認する」のは13人に1人だけ!現地治療費の最高額は「500万円」!!

現地治療費の最高額は「500万円」!|3人に1人が旅行先でケガや病気をした経験がある

定年後のお金の不安を解消する3つの答え|『「定年後」の‟お金の不安“をなくす 貯金がなくても安心老後をすごす方法』

老後の不安を解消する3つの答え|「定年後」の‟お金の不安“をなくす 貯金がなくても安心老後をすごす方法

村松時計店の銀製時計|新天皇陛下と令和に捧げる、時代を超えた純銀時計

【管理栄養士が教える減塩レシピ】|これひとつで味が決まる!だしの効いた「煎り酒」で減塩に挑戦

【管理栄養士が教える減塩レシピ】これひとつで味が決まる!だしの効いた「煎り酒」の作り方

中高生が見た大人へのイメージと「10年後の日本」の見通し

息子世代は「今」をどのように捉えているのか?|中高生が考える「カッコいい大人」と「10年後の日本」

【ビジネスの極意】アサヒビールとキリンビールに学ぶリーダシップの教科書

【ビジネスの極意】アサヒビールとキリンビールに学ぶリーダシップの教科書

お魚とうばん 2枚組|魚をおいしく焼き上げるグリル用陶板

ファーブル昆虫館「虫の詩人の館やかた」(※東京都文京区千駄木5-46-6 電話:03・5815・6464(開館時のみ)、開館:土曜・日曜の13時〜17時、入場料:無料)ではファーブルの生家を再現。同時代の家財道具も展示。奥本さんが着用している帽子とコートもファーブル愛用のものと同じ。

【インタビュー】奥本大三郎(作家、ファーブル昆虫館「虫の詩人の館」館長・75歳)「研究成果は楽しい読み物で社会に伝える。ファーブルのおかげでそう決意しました」

LINE公式アカウントでも記事を配信中

友だち追加

お気軽に友達追加してください

サライ本誌最新号(クリックで試し読み)

サライ7月号付録「筋トレチューブ」トレーニング動画公開中!

通販別冊『大人の逸品』最新号はこちら

ピックアップ記事

  1. ゆったりした船上にラウンジのようなソファが設えてあり、最大8人が乗れる。風を感じながら航走する爽快感を分かち合える。
  2. 美しい海に囲まれたラロトンガ島。ここムリビーチは島を代表するビーチで、遠浅のラグーンに、白い砂浜が広がる。
  3. ファストバックはリアのデザインが特徴的。セダンは伸びやかなデザインでありながら「塊感」があり、走る姿も美しいと想像させるものに仕上がっている。

>>過去の記事へ

サライの通販

>>過去の記事へ

暮らし

【家族のかたち】母子家庭でも寂しかった記憶は一切なし。一度した約束は最後まで守ってくれる母親だった~その1~

取材・文/ふじのあやこ

【家族のかたち】母子家庭でも寂しかった記憶は一切なし。一度した約束は最後まで守ってくれる母親だった~その1~

昭和、平成と時代が移り変わるのと同様に、家族のかたちも大家族から核家族へと変化してきています。本連載では、親との家族関係を経て、自分が家族を持つようになって感じたこと、親について、そして子供について思うことを語ってもらい、今の家族のかたちを迫ります。

今回お話を伺ったのは、健太郎さん(仮名・35歳)。現在、都内にある会計事務所で働いています。健太郎さんは27歳の時に結婚して、現在は奥さんと4歳の男の子との3人で暮らしています。

小さい頃に両親が離婚。父のことは顔さえも覚えていない

健太郎さんは埼玉県出身で母親との2人暮らし。小さい頃に離婚した父親のことは薄っすら覚えているだけで、いないことについても深く考えることはなかったと言います。

「本当に薄っすらと家におじさんがいた記憶が残っているくらいなので、顔などはまったく覚えていないんですよ。小さい頃は父親について母親に聞いていたみたいですが、自分が覚えている記憶の中には残っていなくて。父親が欲しいとか思ったことも一切なかったですね」

母親は親族が経営する建設業の会社で仕事をしていました。母親の帰宅はいつも17時前後で、帰宅してからも働き続ける母親を見て、自ら率先してお手伝いをしていたそうです。

「母親は家に帰ってきてから料理を作って、洗濯などの家事に追われていて、一緒にゆっくりテレビを見た記憶はあまりありません。小学校高学年の頃から母親の隣で料理を手伝うようになったけど、母親は僕一人の時に火や包丁を使うことを禁止していたから、当時僕が担当していたのはお米を研ぐことだけ。中学に上がる頃には、前日の冷ご飯の残り具合やお弁当などを加味して、今日はこのぐらい炊けばいいかと計算できるようになっていましたね」

小学校の時から母親に面倒をかけないよう意識していたという健太郎さん。そんな手のかからない子に母親も叱ることはなく、肉親から怒られた経験がないと不安そうに語ります。

「小学生の頃は友人と禁止されている場所へ潜入したりなど無茶なこともしていましたが、中学に入ってからはヤンチャなことは少しだけ……、とにかく母親に面倒をかけたらいけないということだけがずっと頭にありました。勉強もそこそこできたし、その頃には料理や、洗濯や掃除もできるようになっていました。そんな僕に対して、母親が叱ることはほぼありませんでした。県内には祖父母の家もあったんですが、祖父母からも怒られたことは一度もなくて。もちろん学校の先生などの大人に怒られた経験はありますが、身内からはない。そのことが、僕が大人になってからある影響を及ぼすことになってしまって」

【次ページに続きます】

ページ:

1

2

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう

Twitter で

関連記事

  1. 【家族のかたち】熟年離婚のきっかけは父親の早期退職。両親のすれ違…
  2. 【家族のかたち】熟年離婚のきっかけは父親の早期退職。両親のすれ違…
  3. 【家族のかたち】働かない妹に、それを庇い続ける父親。助けることが正しいことではないと選んだ“絶縁”~その2~ 【家族のかたち】働かない妹に、それを庇い続ける父親。助けることが…
  4. 【家族のかたち】一番下の妹を中心に回る家族。好きで長男に生まれたわけじゃない~その1~ 【家族のかたち】一番下の妹を中心に回る家族。好きで長男に生まれた…
  5. 【家族のかたち】自分が子供を持った時、いい父親像が分からなかった。そんな戸惑いに義父は子育ての思い出話を繰り返し話してくれた~その2~ 【家族のかたち】自分が子供を持った時、いい父親像が分からなかった…
PAGE TOP