「仕事ができる人」と「仕事ができない人」は社内に確実に存在する。問題なのは「仕事ができない人」が自分は「仕事ができる」と人に思わせる場合だ。リーダーシップとマネジメントに悩む、マネジメント課題解決のためのメディアプラットホーム「識学総研」から、「仕事ができないのにできる人のフリをする人」の迷惑度合いを考えてみよう。
* * *
ヘタに「できる人のフリをする」ので、かえって周りの生産性を下げてしまう人々の話。
会社には、仕事ができる人もいれば、あまり仕事が得意でない人もいる。
まあ、それは仕方がない。
人間には役割があって、それぞれ得意なことを担うように世の中はできている。
だから、仕事が得意ではなくとも、その人ができることを、それなりにやれば、
まあ良いのではないか、と個人的には思う。
ただ、残念ながら、会社においては「できない人」の肩身が狭いのは事実だ。
当たり前だが、報酬や地位は、会社への貢献度で決まるべきと考える人は多い。
したがって、そこにはある「歪み」が生じる。
それは、「仕事ができない人」が、実質的な貢献によって評価されるのではなく、「できる人のフリをする」ために努力する、という現象である。
*
そのような人を初めて見たのは、働き始めて2年目くらいの、まだまだ若造のときだった。
クライアント先で、会議の進行役をしていた私は、会議の終了時間をなかなか守れず、少々困っていた。
というのも、その会議において1、2名「困った人」がいたからだ。
いや、「困った」という表現よりも、ストレートに言えば「迷惑」と言ったほうが良いかもしれない。
具体的に言えば、彼らが会議に入ると、会議の進行が著しく遅れる。
彼らが「一言、言わずにはおれない」ためだ。
例えば、こんな具合だ。
プロジェクトの宿題の進捗確認をしている時、
「この表を見ると、フローチャートの作成の進捗が良くないですかね?」
と私が聞くと、
課長が、
「いまちょうど、業務の見直しを行っている最中でして、フローチャートが変わる可能性がありますので、作成をちょっとまってもらってます。」
と回答した。
「なるほど。確かに前おっしゃってましたね。どのくらい遅れそうですか?」
と確認すると、課長は
「まあ、せいぜい1週間だとは思いますが、確認します。」
と答えてくれた。
普通であれば、ここで一旦、話はおしまいである。
ところが、迷惑な人がここで割り込んでくる。
「いやね、業務のの見直しが必要だって、私、前から言ってたんですよ。ようやく動き出してくれて。」
「ああ、そうなんですね。」
「いま、すごく無駄が多くて、例えばこの在庫チェックの時、転記が発生しているんですよ。それだけでもけっこう大変です。」
「はい、わかります。前にお聞きしました。」
「でね、私が転記は良くない、って言い続けて、ようやく今回やめることになりまして。だいたい、これのせいで現場の残業が結構増えてしまっていまして、部長にも前にそう言ったんですよ。」
「あ、はい。そうですね。」
「でね、部長はこう言うんです……」
……
そして、延々と話が続くのである。
会議の終了時間は迫っているし、今そんなことを話す必要はまったくないにもかかわらずだ。
上司が一喝するケースもあったが、優しい人が多い職場だと、誰もそれを止めることができない。
私はなんとなく、彼がこの場で点数稼ぎをしようとしているのがよくわかった。
だが、時間は有限だ。
ちょっと冷たいかな、と思いつつ、最後にはその人に言わざるを得なかった。
「今、その話をする時間はございませんので、日を改めて、また個別にお聞きします。」
彼は、残念そうに、
「そうですね、大事なことですので、ではまた話しましょう。」
と言い、ようやく話は終わった。
【次ページに続きます】
