新着記事

【ビジネスの極意】社長がトッププレイヤーであってはいけない理由

【ビジネスの極意】社長がトッププレイヤーであってはいけない理由

スカイポイントからゴールドコーストを一望

ブリスベンとゴールドコースト、そしてウルルを巡る旅【ゴールドコースト編】

危険なドライバーの行為

愛犬を乗せて運転する人の危険な行為【彩りカーライフ~自分の人生をかろやかに走ろう~】

「令和」の宴をともにした二人の万葉歌人~大伴旅人と山上憶良にっぽん歴史夜話16】

「令和」の宴をともにした二人の万葉歌人~大伴旅人と山上憶良【にっぽん歴史夜話16】

秦始皇兵馬俑博物館に立つ始皇帝像(秦始皇彫像)

始皇帝の「キングダム」への想いを偲ぶ|「世界三大墳墓」秦始皇帝陵を囲む城壁跡を歩く(西安)

多彩な情報が詰まった焼酎の魅力が伝わる入門書|『本格焼酎マニアックBOOK』

焼酎について、どれぐらいのことを知っていますか?|『本格焼酎マニアックBOOK』

【娘のきもち】比べられることを嫌い、妹とは絶縁状態に。2人を再び結び付けてくれたのは家族の危機だった~その2~

【娘のきもち】比べられることを嫌い、妹とは絶縁状態に。2人を再び結び付けたのは家族の危機だった~その2~

【娘のきもち】家族仲はよくていつでもみんな一緒だった。でも、「双子のかわいくないほう」と周りから呼ばれるようになって~その1~

【娘のきもち】家族仲は良く、いつでもみんな一緒だった。でも、「双子のかわいくないほう」と周りから呼ばれるようになって……~その1~

榎本武揚ら旧幕府軍が拠点とした五稜郭

戊辰戦争は「近代的な新政府軍vs古臭い旧幕府軍」ではなかった!【検証 「徳川近代」 原田伊織氏インタビュー4】

重文「無学祖元坐像」鎌倉時代 円覚寺

師の息遣いをも伝える、頂相(ちんそう)彫刻に注目! 【円覚寺の至宝 鎌倉禅林の美】展

LINE公式アカウントでも記事を配信中

友だち追加

お気軽に友達追加してください

サライ本誌最新号

シニア住宅特集アンケート実施中です!

別冊付録「大人の逸品カタログ」商品はこちらから

ピックアップ記事

  1. オリックス・リビング社長、森川悦明氏。「グッドタイム リビング センター南」にて撮影。

>>過去の記事へ

サライの通販

>>過去の記事へ

暮らし

【家族のかたち】姉が離婚後に独身を貫く理由。子供の頃の記憶は大人になっても忘れることはない~その2~

取材・文/ふじのあやこ

【家族のかたち】姉が離婚後に独身を貫く理由。子供の頃の記憶は大人になっても忘れることはない~その2~

時代の移り変わりとともに、変化していく家族のかたち。幼少期の家族との関係を振り返り、自身も子供を持つようになったからこそわかるようになった思いを語ってもらいます。~その1~はコチラ

今回お話を伺ったのは、大阪にあるIT企業でプログラマーとして働いている達也さん(仮名・40歳)。達也さんは大阪府の郊外出身で、両親と5歳上に姉のいる4人家族。姉とは異父姉弟ということを小学生の時に聞かされたものの、家族仲は知る前と変化を感じなかったそう。就職を機に家を出た達也さんは大型連休以外で実家に戻ることさえなくなったと言います。

「社会人になったこともあり、当時は本当にバタバタしていて、家族のことを思い出すことはまったくありませんでした。それに、姉は当時サービス業をしていて、大型連休も仕事のことが多かった。今みたいじゃなく、デパートも当たり前にお正月から開いていた時だったので。だから数年は顔を合わすことも、ましてや異性なので個人的に連絡を取ることもありませんでした。なにがきっかけで知ったのかは覚えていませんが、当時の携帯には姉の番号は入っていたけどメールアドレスは知りませんでした。そのくらいの関係性になっていたけど、そこに違和感はありませんでした」

祖母の葬儀で感じた親戚への嫌悪感。関わりたくないと強く思った

達也さんが社会人になって4年目に差し掛かった時期に母方の祖母が亡くなります。お葬式では初めて会った祖母の姉妹から心無い言葉をたくさん聞かされたそうです。

「男の僕には直接は言いませんよね。聞いたのは母親が言われているところです。祖母には姉と妹がいて、仲があんまりだったんでしょう。母親が結婚してすぐ離婚したことを『大変だった』という言葉を使って、遠回しに責めている感じでしたね。

式の間ずっと母親の隣にいた姉に対しても、わざとらしく執拗にかまっていました。ああいう場所って、大人の汚い部分が全部出ている気がする。僕ら家族は親族との付き合いがそこまである家庭じゃなかったので、小さい頃にこれを見ないで済んで本当に良かったとつくづく思いました」

その後、お姉さんが30歳の時に結婚、翌年には子供が生まれます。しかしその結婚生活は2年もたなかったと言います。

「僕の間隔でいうと、あっという間に別れたって感じですね。結局旦那さんとは、結婚式もしていないから親族との顔合わせと、1度お正月に見たくらい。姉が一人暮らししてから出会った人なので。離婚後には姉は一度実家に帰ってきたそうですが、1年ほどで実家の近くにアパートを借りて暮らしています。その間も僕も近くに住んでいたけど、実家に帰ることはあっても姉のアパートに行くことは一度もありませんでした。嫌いじゃないけど、今更仲良くなるわけないって思っていたのかもしれません」

【次ページに続きます】

ページ:

1

2

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう

Twitter で

関連記事

  1. 【家族のかたち】異父姉弟の事実を知ったのは小学生の頃。前後で家族の仲に変化はないように見えていた~その1~ 【家族のかたち】異父姉弟の事実を知ったのは小学生の頃。家族の仲に…
  2. 【家族のかたち】母子家庭は貧しくも、2人の兄のおかげで寂しさを感じることはなかった~その1~ 【家族のかたち】不妊治療に非協力的な夫との離婚。次に進めなかった…
  3. 【家族のかたち】不妊から離婚を経験。もう一回拒否されたらと次に進めなかった気持ちを家族が救ってくれた~その2~ 【家族のかたち】母子家庭は貧しくも、2人の兄のおかげで寂しさを感…
  4. 【家族のかたち】母親とは血がつながっているだけ。うまくやれない気持ちを認められた時、母への執着はなくなった~その2~ 【家族のかたち】母親とは今も連絡を取っていない。もう歩み寄る努力…
  5. 年齢を重ねる度に冷たくなっていく母親。ライバル視されることが辛くてたまらなかった~その1~ 【家族のかたち】年齢を重ねる度に娘をライバル視する母親。母親とい…
PAGE TOP