新着記事

【管理栄養士が教える減塩レシピ】|香ばしいくるみを生かして上手に減塩!

【管理栄養士が教える減塩レシピ】|良質な脂質で健康に良い「クルミ」料理2品

ポストカード

ボロボロの野良猫から人気者に!「おぷうのきょうだい」が明かす今後の構想|大ヒット猫マンガ『俺、つしま』作者が語る舞台裏【その3】

【ビジネスの極意】「社内新聞」「社員食堂」「社員研修」|社員のコミュニケーションを活性化する方法

【ビジネスの極意】「社内新聞」「社員食堂」「社員研修」|社員のコミュニケーションを活性化する方法

【京都人のお墨付き】綴織職人 伝統工芸士・平野喜久夫さんおすすめ|24時間営業でいつでもくつろげる「ハーバーカフェ北野白梅町店」

二巻-俺、つしま

「猫ってかわいいよね!」それだけでこの物語が生まれた!|大ヒット猫マンガ『俺、つしま』作者が語る舞台裏【その2】

応永12年(1405)、尾張国守護職であった斯波義重が建てたのが清須城の始まり

出世か左遷か? 三英傑に仕え「全国転勤」した武将とゆかりの城 【福島正則編】

人生の節目で人とモノとの関係を考える『定年後の断捨離~モノを減らして、愉快に生きる』

「断捨離」の生みの親が考える「人生100年時代」のシンプルな生き方|『定年後の断捨離~モノを減らして、愉快に生きる』

国宝「十一面観音菩薩立像」平安時代・9世紀 奈良・室生寺蔵 撮影・三好和義

大和の古刹四寺から国宝・重文の仏像が一堂に【特別企画 大和奈良四寺のみほとけ】

【娘のきもち】離婚した両親のどちらかに味方する必要なんてなかった。そのことに気づくまで10年父親と会わなかった~その2~

【娘のきもち】離婚した両親のどちらかに味方する必要なんてなかった。そのことに気づくまで10年間父親と会わなかった~その2~

【娘のきもち】門限は夏18時に、冬は17時。友人と遊ぶ時間も制限され、窮屈さを感じていた父の愛情~その1~

【娘のきもち】門限は夏18時で、冬は17時。友人と遊ぶ時間も制限され、窮屈さを感じていた父の愛情~その1~

LINE公式アカウントでも記事を配信中

友だち追加

お気軽に友達追加してください

サライ本誌最新号

サライ7月号付録「筋トレチューブ」トレーニング動画公開中!

通販別冊『大人の逸品』最新号はこちら

ピックアップ記事

  1. ファストバックはリアのデザインが特徴的。セダンは伸びやかなデザインでありながら「塊感」があり、走る姿も美しいと想像させるものに仕上がっている。
  2. オリックス・リビング社長、森川悦明氏。「グッドタイム リビング センター南」にて撮影。

>>過去の記事へ

サライの通販

>>過去の記事へ

暮らし

【家族のかたち】母親とは今も連絡を取っていない。もう歩み寄る努力をしないでいいと認められた時、母への執着はなくなった~その2~

取材・文/ふじのあやこ

【家族のかたち】母親とは血がつながっているだけ。うまくやれない気持ちを認められた時、母への執着はなくなった~その2~

時代の移り変わりとともに、変化していく家族のかたち。幼少期の家族との関係を振り返り、自身も子供を持つようになったからこそわかるようになった思いを語ってもらいます。~その1~はコチラ

今回お話を伺ったのは、都内にある企業で正社員として働いている祥子さん(仮名・38歳)。祥子さんは埼玉県出身で、両親との3人家族。小学生の頃は母親と仲が良かったものの、徐々に祥子さんをライバル視してくるようになり……。

「私に向けられる、父を取られたくないヤキモチもそうですが、ブラジャーのことなど、父方の祖父母を頼るようになっていったのが母親は気に入らなかったんだと思います。でも、私もそんな母親と一緒に生活するのは限界で、また祖父母を頼ってしまいました」

助けてくれたのは祖父母。引越しの日も母親は出かけており、顔を会わすことはなかった

祥子さんは少し隠しながらも、家に居たくないこと、居候させてもらいたいことを祖父母に話します。そして祥子さんがいない時に家族会議が行われ、高校生より祖父母の家での生活が始まります。

「自分が母親からライバル視されていることは言いませんでした。でも、折り合いが悪いこと、顔を合わせればケンカになり、距離感が掴めないと祖父母に言いました。父親には2人で話したことがバレると母親との火種を増やしてしまうことになるので、父が役に立たないと思ったわけではないです。

祖父母はすごく親身になって話を聞いてくれました。祖父母の家は徒歩圏内だったので、進学を希望していた高校からも実家と同じように通えました。高校進学をきっかけに、家を出るならこのタイミングしかないと思って、中学3年の冬に話しました。でも、考えていたのは中学3年になった頃ぐらいから。1年間はその日だけを目標に頑張っていた感じです」

引越しは祖父母の配慮で父親には頼まずに、徒歩圏内でも業者に頼んだと言います。

「両親と祖父母の話し合いには私は参加していませんが、その後引越しが決まり、その数か月間は引っ越しこそしていないものの祖父母の家でほとんどの時間を過ごしていました。父親はたまに顔を見せてくれましたが、母親は一度も来ていません。また、引越しの日には母は出かけていました。どこに行ったかは知りません。家を出る時には挨拶をしなければいけないのかなと少し嫌な気持ちがあったので、ホッとしたのを覚えています」

【次ページに続きます】

ページ:

1

2

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう

Twitter で

関連記事

  1. 【家族のかたち】自分が子供を持った時、いい父親像が分からなかった。そんな戸惑いに義父は子育ての思い出話を繰り返し話してくれた~その2~ 【家族のかたち】自分が子供を持った時、いい父親像が分からなかった…
  2. 【家族のかたち】母子家庭でも寂しかった記憶は一切なし。一度した約束は最後まで守ってくれる母親だった~その1~ 【家族のかたち】母子家庭でも寂しかった記憶は一切なし。一度した約…
  3. 【家族のかたち】姉が離婚後に独身を貫く理由。子供の頃の記憶は大人になっても忘れることはない~その2~ 【家族のかたち】姉が離婚後に独身を貫く理由。子供の頃の記憶は大人…
  4. 【家族のかたち】異父姉弟の事実を知ったのは小学生の頃。前後で家族の仲に変化はないように見えていた~その1~ 【家族のかたち】異父姉弟の事実を知ったのは小学生の頃。家族の仲に…
  5. 【家族のかたち】母子家庭は貧しくも、2人の兄のおかげで寂しさを感じることはなかった~その1~ 【家族のかたち】不妊治療に非協力的な夫との離婚。次に進めなかった…
PAGE TOP