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取材・文/ふじのあやこ

年齢を重ねる度に冷たくなっていく母親。ライバル視されることが辛くてたまらなかった~その1~

昭和、平成と時代が移り変わるのと同様に、家族のかたちも大家族から核家族へと変化してきています。本連載では、親との家族関係を経て、自分が家族を持つようになって感じたこと、親について、そして子供について思うことを語ってもらい、今の家族のかたちに迫ります。

今回お話を伺ったのは、祥子さん(仮名・38歳)。現在、都内にある企業で正社員として働いています。祥子さんは29歳の時に結婚しており、現在は都内よりの千葉にあるマンションで旦那さんとの2人暮らしをしています。

小さい頃の両親は優しく、過保護ぎみ。母親の隣にいることが好きだった

祥子さんは埼玉県出身で、両親との3人家族。母親の実家は九州にあったそうですが、折り合いが悪く、母方の祖父母には一度も会ったことがないと言います。

「父が埼玉の人で、父方の祖父母や従妹は埼玉にいます。母親は九州だということぐらいしか知らなくて。母方の祖父母は私が生まれるずっと前に亡くなったと聞いています。お墓参りにも行ったことはないし、家には仏壇もなかったから本当のところはよく知りません。私も自分から聞くことはなかったです。いないんだなって妙に納得してしまっていて」

父親はサラリーマン、母親は専業主婦で、自宅で数枚のチラシを封筒に入れていくような内職の仕事をしており、よく隣で絵を描いたり、宿題をしていたそう。小学校の頃の母親はとても優しかったと祥子さんは振り返ります。

「覚えているのは、テーブルに紙の束を並べて、1つずつ丁寧に封筒に入れていく母の姿と、その隣でドリルをしたり、色紙やチラシで折り紙をしていた自分。母親は作業中でも私の宿題でわからないところがあると、手を止めてわかりやすく教えてくれていました。

小学校時代は過保護気味だったと思います。どこに行くにも両親のどちらかがついて来てくれていたし。具体的な門限の時間はなかったけど、暗くなるまでに帰ってくることというルールがあって、少しでも間に合わないとよく怒られていました。母親に怒られてから帰ってきた父親にもう一度怒られる。二人は考え方がよく似ていて、躾など同じことを両方から言われることが多かったですね」

母親との関係に変化が訪れたのは中学生の頃。母親は祥子さんの体が女性になっていくことをすごく嫌がったと言います。

「中学生の頃にみんな一度は通る、ブラジャーをいつからつけるのかという問題があり、私は細身だったので、胸のふくらみは全然なかったんですが、体育の前に着替える時にブラジャーを付けていないと恥ずかしくなってくるんです。だから、私は母親にブラジャーを買って欲しいとお願いしました。だけどまだ早いって反対されてしまって。結局どうしても欲しかったから、祖母にお願いしたんです。父は男性なので言いにくかったので。でもその行為から、母親との関係がギクシャクしていきました」

【次ページに続きます】

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