新着記事

猫と人は家族や友人のように親しくなれるのか 猫と人は友達になれるの?|猫と「楽しい時間」を過ごす方法 下図の(ア)は足長、(イ)は足囲を示しています 意外と知らない!靴のウィズ表記【快適に過ごせる靴との出会いvol.6】 40代以上が選ぶ! 応援していた80年代アイドルランキング 40代以上が選ぶ! 応援していた80年代アイドルランキング|3位は中山美穂、2位は小泉今日子、1位は? お洒落のポイントは眼鏡。その日の気分でかけかえる。手にしているのは『魔女の宅急便』の主人公キキの相棒、猫のジジのぬいぐるみ。 角野栄子さん(児童文学作家)「読書体験はものすごく大切。心の中に降り積もった言葉が、やがて生きる力になるのです」【サライ・インタビュー】 飼い主さんの想像以上に多い 誤飲事故は寒い今が危険 「うちの子〇〇を食べちゃったんです!」犬・猫の誤飲事故は冬が危険 |獣医が教える助けるために飼い主がすべきこと コミュニケーション 【ビジネスの極意】「最近の若者は……」という言う前に実践したい|部下のコミュニケーション能力を上げる方法 定番野菜で簡単減塩おかず2選 【管理栄養士が教える減塩レシピ】|栄養を逃さない一工夫! 定番野菜の簡単おかず2選 脂肪を制限すると脳卒中になりやすくなる!?【予防医療最前線】 脂肪を制限すると脳卒中になりやすくなる!?【予防医療最前線】 関ケ原 立花宗茂~関ヶ原の敗北から返り咲いた唯一無二の武人【にっぽん歴史夜話12】 娘のきもち22・その2 【娘のきもち】不妊治療でやっと授かった子供の病気は心をえぐられたような痛みだった。その痛みを両親は共有してくれた~その2~

サライ本誌最新号

ピックアップ記事

  1. 松本零士 不滅のアレグレット〈完全版〉

>>過去の記事へ

サライの通販

>>過去の記事へ

暮らし

【家族のかたち】同居する祖父の兄妹に振り回される母に、無関心の父。離婚を選択した母親を止めることができなかった~前編~

取材・文/ふじのあやこ

同居する祖父の兄妹に振り回される母に、無関心の父。離婚を選択した母親を止めることができなかった~前編~【家族のかたち・1】

昭和、平成と時代が移り変わるのと同様に、家族のかたちも大家族から核家族へと変化してきています。本連載では、親との家族関係を経て、自分が家族を持つようになって感じたこと、親について、そして子供について思うことを語ってもらい、今の家族のかたちを迫ります。

今回お話を伺ったのは、恭平さん(仮名・40歳)。彼は現在、都内の企業で正社員として働き、8年前に5年付き合った3歳下の女性と結婚。5歳の男の子と、2歳の女の子の父親で、週末には家庭サービスを行うなど、円満な家庭を築いています。今の家庭について語る前に恭平さんが育った環境について、話を伺っていきます。

大叔母にこき使われる母親を見るのが辛かった

恭平さんは京都府出身で、両親と3歳上の姉との4人家族。平屋の一軒家には、父方の祖父母も一緒に暮らしていました。父親は自営業で大工をしており、工務店の下請けなどを行っていたそう。母親は週の半分くらいは父の仕事の事務などを手伝っており、毎日忙しくしていたと言います。

「うちの家庭は亭主関白で、父親は子育てに一切参加していなくて、家族旅行などの思い出はありますが、幼い頃の父と2人きりでの思い出は特にありません。母親はずっと優しかった印象が残っています。僕は小さい頃は甘えた(甘えん坊)で、姉がしっかりしていたのをいいことに母親をずっと独り占めしていました。当時、台湾映画のキョンシーが大流行していて、それがすごく怖かったんですよ。そんな時はいつも母親と一緒に寝てもらっていました(苦笑)」

祖父母についても優しかったと言いますが、親族の集まりは嫌な思い出のほうが多いそう。それは祖父の兄妹にあったようです。
「祖父は4人兄妹で、上に兄が1人、祖父の下には妹が2人いました。その妹たちというか大叔母がとにかく下の世代に迷惑をかけるんです。ご飯に注文をつけたり、駅まで行きたいと足に使ったりと、とにかくわがまま放題で。母と父の弟のお嫁さんであるおばさんはいつも振り回されていました。

大叔母たちは結婚していましたが、どちらも子供がいなかったからなのか僕の家に親族が集まっていたんですよ。正月にはお年玉をくれたりするんですが、その喜びよりも母親たちのしんどそうな顔を見たくなかった。僕に直接何かをされたことはないけど、あまり好きじゃない記憶が残っているのはそのせいかもしれません」

そんな親族が集まる辛い時間は中学生に上がったばかりの頃に終わったそう。それは祖父が病気を患い入院したからだと言います。

「祖父はずっと入退院を繰り返していました。病院への送り迎えや、入院の世話などで母親が仕事を辞めたのもこの頃だったと思います。その時には祖母も高齢で世話をできる感じではなかったから、母親がすべてをやっていました。何もしない父親に腹が立ったことがあります。でも、僕も何もしていなかったので。姉は母の代わりに晩御飯を作ったりしていましたが、当時の僕はサッカー部で部活に夢中で。今振り返ると申し訳ない気持ちでいっぱいです」

【次ページに続きます】

ページ:

1

2

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう

Twitter で

関連記事

  1. 父親を半面教師に、子供と離ればなれにならないように今できることを続けていく~その2~【家族のかたち・1】 【家族のかたち】子供を持ったことでわかった、母親の辛い気持ち。父…
PAGE TOP