取材・文/ふじのあやこ
近いようでどこか遠い、娘と家族との距離感。小さい頃から一緒に過ごす中で、娘たちは親に対してどのような感情を持ち、接していたのか。本連載では娘目線で家族の時間を振り返ってもらい、関係性の変化を探っていきます。
「反抗期というものが父親に対してはまったくありませんでした。珍しいタイプかもしれません」と語るのは、陵子さん(仮名・35歳)。彼女は現在、都内で編集の仕事をしています。胸元まであるストレートのロングヘアを後ろに一つに束ね、黒のTシャツにジーンズとラフな格好ながら、背筋がピンと伸びた姿勢の良さから、大人の品を感じます。カバンや財布、手帳などはブランド物の黒のレザーで統一されており、カバンの中もキチンと整理されています。
父親の趣味の影響で大好きになった野球
陵子さんは兵庫県出身で、両親と5歳上に兄がいる4人家族。父親はサラリーマン、母親もフルタイムの仕事をしており、小さい頃はカギっ子だったと言います。
「兄は私と5歳離れていたので、私が小学生の時には中学、高校に進学していて部活などで親と同じくらい遅くに帰ってきていたんです。だから、学校が終わって18時ごろまではずっと1人でした。でも、不思議と寂しいと思ったことはないんです。何をやっても怒られないボーナスタイムだと思っていましたね(笑)。
うちの母親は1本筋が入ったような性格の人で、悪いことをしたら手を出して怒るような人でした。手を出すといっても1度頭を叩くぐらいで、虐待を受けてはいませんよ! 昔は今よりもみんな叩かれることが普通だった気がしますよね」
陵子さんの家は母親のほうが年上でしっかりしており、家庭の財布などはすべて牛耳っていたのは母親だった。父親はちょっと頼りなかったもののいつも優しく、母親に怒られた後は父親が慰めにきてくれていたそう。
「一度習い事をサボっていたのがバレたことがあって、母親にめちゃくちゃ怒られたんです。ベランダに裸足で出されて、少し寒い時期だったし、暗いところが嫌いだったこともあり、ずっと泣いていたんです。そんな時に父親は母親がお風呂に入っている時にこっそり上着やサンダルを持ってきてくれたりしていました。母親が怖いから、決して中に入れてくれるわけではないところが今振り返ると少し面白いですけどね(笑)」
家族仲は良く、休みの日にはよく家族で出かけたりしていたとのこと。楽しくて記憶に残っているのは、甲子園でのプロ野球観戦だと、陵子さんは語ります。
「家から甲子園までは電車を乗り継いで1時間ぐらいの距離でした。うちの父親はガッチガチのタイガースファンで、当時父親が勤めていた会社では接待用として年間指定席を持っていたんです。その席は接待で使用しない時には社員に分配されていて、父親はよくチケットを持って帰ってきてくれていました。
甲子園に通い出した時は私はまだ小学校の低学年で、試合が終わるまで起きていられなかったんです。なので帰り道はいつも父親におんぶされて帰っていたみたいで、気がついたら布団で寝ていました。そんな大変な思いをするのに私が希望するといつも会社からチケットを持って帰ってきてくれていましたね」
関西を襲った未曾有の大地震。父親の姿がとても大きく見えた
父親は優しく、でもどこか頼りない。相談事があると率先して母親に話していたという陵子さん。そんな陵子さんの考えが180度変わった出来事が起こったそうです。
「関西を大地震が襲いました。私は当時小学生で、地震だと認識する前にブラウン管のテレビが背中に落ちてきて、激痛で目を覚ましました。しばらくは布団に入って動くことができず、地震が止まってからも停電していたので辺りは真っ暗で、何もできない状態でただただ泣くことしかできませんでした。
そんな中、『大丈夫か!』と父親の大声が聞こえてきたんです。食器棚や冷蔵庫なども倒れていて、地面はガラスが散らばっていたのに、倒れた棚を越えて安全を確認してきてくれました。追って母親の声もして、すごく安心した記憶が残っています」
そこから父親は家族を守るために率先して行動を起こすようになり、父親の姿は頼れる存在に変わっていきます。
「震災で一番ケガをしたのは父親だったんです。震災直後には倒れてきた鏡台で顔を切っていて、本人も明るくなって鏡を見た時に、顔が乾いた血で真っ赤になっていて、びっくりしたそうです。
そこから父親は道路が寸断されていたので、身動きが取れるようにとすぐに原付バイクを買って、食料を確保しに行ってくれたり、水も止まっていたので、何度も避難所に水をもらいに行ってくれたりとすごく頼もしかったです。震災で家族の絆は強固なものになったと思います。でも、反抗期、思春期を経て、嫌いじゃないのに、家族なのに何を喋ったらいいのかわからなくなっていったんです」
思春期に彼氏、友達を優先するような生活の中、親との距離感は徐々に掴めなくなっていき……。
【~その2~に続きます。】
取材・文/ふじのあやこ
