写真はイメージです。

NHK『日曜討論』ほか数々のメディアに出演し、シニア世代の生き方について持論を展開するライフ&キャリア研究家の楠木新さん(69歳)。人生100年時代を楽しみ尽くすためには、「定年後」だけでなく、「75歳からの生き方」も想定しておく必要があると説きます。楠木さんが10年、500人以上の高齢者に取材を重ねて見えてきた、豊かな晩年のあり方について紹介します。

どんな経験も子どもたちの教科書になる

新たな居場所を見つけようとする際、組織や団体と関係を持ちながら探すのが近道です。私が取材したなかに、厳しい経済環境にある家庭の子どもたちを受け入れる、無料学習塾を運営する人がいました。ひとり親家庭や非正規雇用の家庭では、衣食住はギリギリ何とかなっても、教育にまでお金をかける余裕や時間のないケースが少なくありません。それが「教育格差を広げている」と、60代の主婦が奮起したのです。

実際の授業風景を取材させてもらいました。小学生はグループ授業で、カードを使って遊び感覚も交えた内容でした。別の部屋では中学生が講師と1対1で数学や英語に取り組んでいました。小さいホワイトボードを使って何度も書いては消しながら進めていたペア、机の上が消しゴムのカスだらけのペアなど、夢中になって取り組んでいた姿が印象的でした。

講師として来ていた元会社員3人と元高校の英語教師にも話を聞きました。元会社員は、年齢的には68歳から70歳。製薬会社や電機メーカーを定年退職した男性です。

70代後半の元英語教師は、中学生に興味を持ってもらえる授業ができるように工夫を凝らすのが楽しいと語っていました。彼は、妻の介護をしながら月に2回、1時間半ほど中学生に教えています。生徒との年齢差は約60歳。趣味である囲碁の会所に通うのと、この教室に来るのが今の楽しみだそうです。

代表の女性は、交通費すら自腹になる「無償のボランティア講師」など、誰も来てくれないのではないかと初めは思っていました。ところが高校生から高齢者まで手を挙げる人が多数いて、「世の中捨てたもんじゃない」と思い直したそうです。

地域活動で、外国人労働者に日本語を教えている人たちもいます。また仲間と一緒に小学生向けの工作教室を開催している例もあります。自分の経験が誰かの役に立っていると実感できれば、人生がより豊かになるのは間違いありません。

驚くほど開かれている大学の門戸

私と同じ生命保険会社に同期入社したNさんは、長く法人営業の仕事をしてきましたが、51歳の時、万博記念公園(大阪府吹田市)にある大阪日本民芸館に出向を命じられました。全く予想もしていなかった異動先に驚き、当初はショックを隠せませんでした。彼は芸術関係には全然興味もありませんでした。

しばらくして気持ちを切り替えて、本来の財団の管理・運営の仕事に加えて通信制の芸術大学に入学して、学芸員の資格を取得しました。自分の研究課題を持って学び始めたのです。その後は、修士課程に進んで論文を書き上げました。

9年間勤め上げて60歳で定年退職した後も、週に3日アルバイトをしながら大学院の博士後期課程に通い、63歳で博士号を取得しました。2022年7月の日本経済新聞の文化欄に、彼の研究内容とそれに取り組んだ経緯が大きく取り上げられました。同期入社の中では唯一の「博士」です。彼は研究を続けているうちに面白くなってやめられなくなったと語っていました。

Nさんの場合、本格的に学んで博士論文まで書き上げましたが、もっと手軽な方法で学ぶこともできます。私は現在、自宅から近い大学の聴講生として週に1日、1コマだけ大学院の授業を受けています。2022年度の前期は死生学、後期は文化人類学を受講しています。いずれも一度は学んでみたいと考えていた科目でした。ゼミでの発表の時は、テキストを読み込んで発表資料を作成することもありますが、自分の関心のあることをやっているので苦にならず楽しく取り組めます。

私と同世代の男性も受講していました。担当の教授は、いろいろな世代の人が集まって議論する方が授業も充実する、現役の学生にも好影響を与えると話してくれました。「退職すると若い人と語る機会がなくなるので、こちらも大変ありがたいのです」と私は答えました。

地方公共団体が高齢者のために学びの場を提供しているシニア大学や、カルチャーセンターに呼ばれて話をする機会がよくあります。そこでは生徒同士が友達のように楽しく語り合っている姿をよく見かけます。

学生時代を振り返っていただければ思い出す人もいるでしょうが、何かを学ぶことは人とつながるきっかけにもなりやすいものです。仕事と同様、目標が共通しているのでコミュニケーションが円滑に進みやすくなります。

高齢者に門戸を開いている大学も少なくありません。学ぶのに年齢は関係なく、いつからでも始めることができるので、新たな居場所としてもお勧めです。年齢を重ねても続けることができるというメリットもあります。

* * *

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楠木新(くすのき・あらた)
1954年、神戸市生まれ。1979年、京都大学法学部卒業後、生命保険会社に入社。人事・労務関係を中心に経営企画、支社長などを経験する。在職中から取材・執筆活動に取り組み、多数の著書を出版する。2015年、定年退職。2018年から4年間、神戸松蔭女子学院大学教授を務める。現在は、楠木ライフ&キャリア研究所代表として、新たな生き方や働き方の取材を続けながら、執筆などに励む。著書に、25万部超えの『定年後』『定年後のお金』『転身力』(以上、中公新書)、『人事部は見ている。』(日経プレミアシリーズ)、『定年後の居場所』(朝日新書)、『自分が喜ぶように、働けばいい。』(東洋経済新報社)など多数。

 

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