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取材・文/沢木文

親は「普通に育てたつもりなのに」と考えていても、子どもは「親のせいで不幸になった」ととらえる親子が増えている。本連載では、ロストジェネレーション世代(1970代~80年代前半生まれ)のロスジェネの子どもがいる親、もしくは当事者に話を伺い、 “8050問題” へつながる家族の貧困と親子問題の根幹を探っていく。

* * *

自分が夢だった東京の大学を出したのに…

北陸地方に住む三好健司さん(仮名・65歳)は、実家に帰ってきて10年になる息子(40歳)の行く末を案じている。

「引きこもりではないんだよ。朝7時に起きて、朝食を作って、玄関の掃除をする。家事を手伝って、庭の掃除をして、犬の世話と散歩をする。私の仕事を手伝って、畑仕事をして、夕飯を食べて寝ているから」

穏やかで健康的な理想の息子と言える。ただ、彼は、この10年間、一切の仕事をしていない。息子は高校時代まで、地元でのびのびと育っていた。

「息子は幼いころから成績が良くて、“神童”なんて言われていた。絵を描かせても上手で、声もキレイで、運動神経もよかった。中学校の時は女の子がラブレターを持ってウチにきたこともあったんだよ。スポーツ系の部活も頑張って、県大会で準優勝した。県立トップの進学校に進んでね。彼の将来は光り輝いていて、一点の曇りもないと思っていた」

健司さんも、息子と同じ進学校を卒業して、東京の私立大学に進学した。

「ウチの高校は、“国立大学至上主義”なんだよね。僕は私立大学だったから、同窓会でも肩身が狭かった。中途半端な私立大学に進学して、東京で就職したんだけれど、30歳の時にオヤジが倒れて、故郷に戻ってきて会社を継いだ。従業員20人の生活がかかっていたし、当時は親の跡を継ぐのが当たり前だったから。東京には未練があったけれど、仕方がないと思って帰ってきた。まあ、それでカミさんとも結婚できたし、一男一女を授かって、いい人生だよ」

息子は高校時代から学業優秀だった。健司さんが憧れていた、東京の国立大学に進学する。

「あの時は嬉しかったね。ホントにうれしかった。あの時は男泣きに泣いてしまったよ。息子もよく頑張って、いい成績を取っていたのに就職氷河期だろう。理系の国立大学は就職に弱い。思うような企業に内定が出なかった。大学院に進んでもいいんだよ、と言ったら、“そこまで勉強が好きではない”という」

【国立大学を卒業しても、就職できたのはブラック企業だった…次ページへ続きます】

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