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取材・文/ふじのあやこ

昭和、平成と時代が移り変わるのと同様に、家族のかたちも大家族から核家族へと変化してきています。本連載では、親との家族関係を経て、自分が家族(パートナー)を持つようになって感じたこと、親について思うことを語ってもらい、今の家族のかたちを迫ります。

今回お話を伺ったのは、美緒さん(仮名・40歳)。3月までは販売の仕事をしていたそうですが、コロナ禍で無職に。28歳の時にバイト先で知り合った男性と結婚して一児に恵まれ、現在は3人で暮らしています。

世間体を保つためだけに父親はいて、お父さんではない

美緒さんは神奈川県出身で、両親との3歳上に姉のいる4人家族。父親はサラリーマン、母親は近所にある児童養護施設で学習支援ボランティアをしていました。厳格な父親のことが小さい頃から大嫌いだったと言います。

「父親は外面が良くて、家では本当に偉そうな人でした。自分の思い通りに家族が動くことが当然と思っていて、少しでも自分の思うようにいかないと怒声を上げるんです。特に時間にはすごく厳しくて、父親が思った時間にご飯が用意されていないと私たちの前で母親に怒鳴ります。父親は週末だけは家で飲酒をしていて、それまでに私たちがご飯を食べ終わっていないと途中でも私たちを部屋に戻すんです。ご飯を捨てられるなんて日常茶飯事。父親はお風呂の時間も決まっていて、それまでに入るか、父親が上がってからじゃないと入れませんでした。

私は今この話をしている時には父親と呼んでいますが、私は一度も『お父さん』と呼んだことも思ったこともありません。父親という世間体を保つために必要な名前なだけだと思っています」

母親は何度も娘たちの前で泣くこともあったそうですが、離婚という言葉は一度も聞かなかったとか。

「何でも決めたがる父親のせいで母親にとって家は安らげるような空間じゃなかった。働くことも許されていなかったから、家を出る理由としてボランティアをしていたんだと思います。外面の良い父親だから、ボランティアは反対しなかったんでしょう。

母親は洗い物をする時や、私と小学生の頃まで一緒にお風呂に入ることが多かったので、その時には、よく泣いていました。私と姉は何度も父親を追い出す方法を考えようと言ったんですが、別れることを選んではくれませんでしたね」

父親は、祖父母や兄妹との仲はうまくいっていないようで、親族との集まりに顔を出すことはあまりなかったとのこと。最小限の関わりだけで、美緒さん家族が親族に馴染めることはなかったそう。

「父親には2人の妹がいたんですが、うまくいっていないようで、私が知る限り会話をしているところを見たことがありません。祖父は私が中学生の時に、祖母は社会人になった直後に亡くなったんですが、その時でさえ母親を入れて会話をしていました。喪主は父親がやっていたんですが、そこはそつなくこなしている感じでした。親族とは小さい頃に何度かお正月に会ったことがあるくらいで、同世代の従姉ともそこまで関わり合いになっていないので仲良くならないまま、今は疎遠になってしまっています。母方の祖父母は早くに亡くなっていて、母には独身の姉が1人いたんですが、その姉とも葬儀の時に会ったぐらいです」

【次ページに続きます】

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