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夏目漱石、自宅に泊めた若い禅僧を新聞社見学に送り出す。【日めくり漱石/10月25日】

3 夏目漱石 2

今から100 年前の今日、すなわち大正5年(1916)10月25日、49歳の漱石は、富沢敬道、鬼村元成という若いふたりの禅僧を東京・早稲田南町の自宅から送り出した。

彼らの行き先は、銀座の東京朝日新聞社。新聞印刷の現場を見てみたいという両人のため、漱石は、同社の山本松之助宛ての紹介状を持たせていた。

《この手紙御持参の僧二人は神戸祥福寺僧堂に修業する禅僧に御座候 此度機会を得て東上所々見物の処是非(ぜひ)社の輪転機を一見致し度由(たきよし)につき若(も)し御差支(さしつかえ)なくば運転の模様一寸(ちょっと)でも傍観御許可被下度(くだされたく)邪魔にならぬ範囲にてよろしく御座候》

漱石とふたりの禅僧は、手紙のやりとりから親しくなった。「東京見物をしたいのですが」と相談してきたのを、漱石は自宅に迎え入れた。

朝日新聞連載の小説『明暗』を執筆中の漱石に代わって、鏡子が案内して帝国劇場や歌舞伎座へ連れていったりもした。帝劇の地下食堂では、鬼村が食べかけのビフテキを床へ落とし、鏡子が「新しくとってあげる」というのを「もったいないから」と拾って食べてしまう一幕もあった。

僧たちだけで見物に出かける時は、修業中の身で金もなかろうと、漱石が日に5円の小遣いを渡した。小遣いと別に旅費を持たせて、日光見物にも送り出した。

日々の執筆を終えた夕刻からは、漱石は僧たちとともに過ごした。夕飯も一緒に食べ、いろいろな話をする。漱石は懐手してちょっと背を丸め、前のめりになって聞き役に回りながら、時折、

「ひとりの人が真面目な生き方をすれば、世の中が助かる。あとに続く者が出るから」

などと、含蓄味のある言葉を口にした。

彼らの滞在中、漱石は終始機嫌がよかった。ある時は、長男の純一がやってきて、父の背中におぶさるようにして楊枝で顔のアバタを突ついても、笑ってされるがままにしていたという。

禅僧ふたりは、1週間ほどして神戸へ帰っていった。

その後、お礼の手紙や品物を送ってきた彼らに対し、漱石はこんな返書も綴っている。

《大して御世話もしないであんな丁寧な御礼を云はれては痛みいります 然(しか)しそれが縁になって修業大成の御発心に変化すれば私に取って是程(これほど)満足な事はありません。(略)どうぞ今の決定の志を翻えさずに御奮励を祈ります》(大正5年11月10日付、鬼村元成宛て)

この頃、次世代を担う志のある若者に何かを伝え託していきたいという思いが、漱石先生の中に静かに強くわき出ていた。

■今日の漱石「心の言葉」
そこには時々彼の前を横切る若い血と輝いた眼をもった青年がいた(『道草』より)

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夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

Web版「夏目漱石デジタル文学館
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館。同館のサイトに特設されている「Web版 夏目漱石デジタル文学館」では、漱石自筆の原稿や手紙、遺愛品、写真など漱石にまつわる貴重な資料画像を解説付きで公開しています。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。最新刊に、『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)がある。

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