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夏目漱石、寺田寅彦を誘ってショパンを聴きに音楽会へ出かける。【日めくり漱石/9月30日】

3 夏目漱石 2

今から101 年前の今日、すなわち大正4年(1915)9月30日、漱石は門下生の岡田耕三(のちの林原耕三)への返事の手紙をしたためていた。漱石の手もとには、ここのところ、岡田からの問い合わせの手紙がよく届いていた。

《妾はすべてあたしにてよろしからん》

葉書に、ただ1行である。この「あたし」の部分に、漱石は傍線を引いた。

実はこれは、単行本の校正に関わる指示だった。漱石はこの9月14日まで、朝日新聞に全102 回にわたって『道草』を連載していた。漱石作品の中でもっとも自伝的要素が強いと指摘される長編小説である。

連載終了後、岩波書店から単行本が発行される運びになり、いま準備が進められていた。岡田耕三は、その校正作業を任されていたのである。

これより3日前、漱石が同じ岡田耕三宛て書簡に、

《これ位(時によりてぐらいにもなる事あり)。この位(必ず清む)。それ位(これも時により濁る)。その位(必ず清むと考える)》

などと綴っているのは、当時の単行本には振りがなが多く、総ルビのものさえ少なくなかったことと関係する。

岩波書店から大正4年10月に刊行された単行本『道草』。校正は岡田耕三が担当した。神奈川近代文学館所蔵

岩波書店から大正4年10月に刊行された単行本『道草』。校正は岡田耕三が担当した。神奈川近代文学館所蔵

近年の出版物では、振りがながさほど目立つことはないし、まして特別なものを除いて総ルビのスタイルは見られない。それは、第2次大戦後、国語をもっと簡潔にして学びやすくすべきだという考え方から、一般に使用できる漢字を大幅に制限する一方で振りがな(ルビ)をも使わない方向性がつくられたことによる。

具体的には、昭和21年(1946)に当用漢字1850字が定められたことが大きかった(「当用」というのは当面使用できるという意味で、将来的には漢字を全廃する意図を含んでいた)。以前から同様の議論はあってもなかなか踏み出せなかったこうした改革が、このとき急激になされたのは、やはり米軍占領下でGHQ主導の国語国字改革という推進力が働いたことが大きいだろう。

日本側からこれに賛同し大きな役割を果たしたのは、作家で国語審議会委員もつとめた山本有三だったと言われる。山本は戦前から「振りがな廃止」を提唱して、こんなふうに語っていた。

「立派な文明国でありながら、その国の文字を使って書いた文章がそのままではその国民の大多数のものには読むことが出来ないで、いったん書いた文章の横に、もう一つ別の文字を列べて書かなければならないということは、国語として名誉のことでしょうか。一つの文章をつづるに当って、文章を二列に列べて書かなければ、いっぱんに通用しないというような国語が他にあるでしょうか。

近頃私はルビを見ると、黒い虫の行列のような気がしてたまりません。なぜ、あのような不愉快な小虫を、文章の横に這いまわらせておくのでしょう」

閑話休題。漱石は、岡田耕三に校正に関する指示をした同じ日、寺田寅彦にも手紙を書いている。これは仕事ではなく、音楽会への誘いだった。

《来月三日夜七時開場七時半開演の華族会館の音楽会へ行って見ませんか。音楽学校のショルツという人がショパンの曲を十二ばかり弾くのだそうです》

絵画鑑賞については自身の感覚にゆらぎのない自信を有していた漱石だが、音楽の趣味に関しては、寅彦の方が一枚上手と認めていた。寅彦は音楽を聴くだけでなく、自らバイオリンを演奏した。理学博士号の取得も、「尺八の音響学的研究」によっている。

だからこそ余計に、寅彦と音楽会へ行くことを、漱石は楽しみにしていたように思える。ふたりの間には、それだけ深い信頼に基づく師弟愛が流れていた。漱石没後(大正6年12月)に、師の面影を慕って寅彦が詠んだこんな句も残る。

《マント着て黙りて歩く先生と肩をならべて江戸川端を》

黙って一緒に歩いているだけで、嬉しく満ち足りた気分にさせてくれる。漱石はそんな魅力をもった稀有な先生だったのである。

■今日の漱石「心の言葉」
誰の目にも間違いと見ゆるは構わず御訂正の事(『書簡』明治45年7月28日より)

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夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

Web版「夏目漱石デジタル文学館
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館。同館のサイトに特設されている「Web版 夏目漱石デジタル文学館」では、漱石自筆の原稿や手紙、遺愛品、写真など漱石にまつわる貴重な資料画像を解説付きで公開しています。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。最新刊に、『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)がある。

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