3 夏目漱石 2

今から124 年前の今日、すなわち明治25年(1892)9月26日、25歳の漱石は、友人の正岡子規とともに東京・本郷の帝国大学の門を出ようとしていた。子規の依頼を受け、漱石が道案内に立っているような様子だった。

漱石と子規は互いの才を認め合った親友で、当時ふたりともまだ大学に在籍していた。ふたりの関係は面白い。大学の勉強にあまり熱心でない子規をなんとか進級・卒業させようと、試験前になるとノートを持って子規のもとへ駆けつけるなど、漱石は随分と骨折っていた。子規はそのお返しに、漱石に西洋料理を御馳走したりした。

あるときは、火鉢を使って牛肉を焼いて一緒に食べたりもしたが、寒い冬場のことで、子規は雪隠(せっちん)へ入るときもいつもその火鉢をもっていっていたので、漱石はなんだか「たまらない」ような気分だったという笑い話もある。

雪隠とは、わかりやすくいえば、トイレ。当時はもちろん汲み取り式だから、漱石が戸惑うのも無理はなかった。

そんな漱石と子規が、この日は、どこかへ向かって歩いていく。漱石の道案内で目指すのは、牛込区(現・新宿区)余丁町にある坪内逍遥の居宅であった。

背景には、こんな出来事があった。

子規の叔父に、加藤恒忠(拓川)という人物がいる。パリの日本公使館員などをつとめた外交官で、4歳で父を亡くした子規を物心両面で支援していた人である。

その加藤恒忠が、以前、内閣官報局長をつとめている高橋健三のもとを訪ねた折、こんなことを言われた。

「坪内逍遥が君の甥の正岡子規に会いたがっている。ついては、僕の方で紹介状を書いて渡しておいた。近々、その紹介状をもって逍遥が子規を訪ねるだろうから、子規の方によろしく伝えておいてくれ」

加藤恒忠からその話を聞かされた子規は、その日がくるのを楽しみに待っていた。ところが、待てど暮らせど逍遥は姿を見せない。しびれを切らした子規は、漱石に仲立ちを頼んで、とうとう自分の方から足を運ぶことにしたのだった。

この頃の子規は、大学に籍を置く傍ら、新聞『日本』などに寄稿しながら俳句革新に取り組んでいた。坪内逍遥が子規に会おうとしていたのは、このことと関係している。一方の漱石は、帝大生でありながら東京専門学校(早稲田大学の前身)の文学科の講師をしていた。そのため、東京専門学校の文学科設立の中心人物である坪内逍遥とは、以前から顔見知りなのだった。

自分の方から子規に会いたいと言っていたくらいだから、もちろん、逍遥は訪ねてきた漱石と子規を歓待し話ははずむ。

逍遥の主宰する文芸雑誌『早稲田文学』に俳句欄が設けられ、それを子規が担当するようになったのは、この会談のしばらく後のことという。

■今日の漱石「心の言葉」
臭いものの蓋をとれば肥桶(こえたご)で、美事(みごと)な形式をはぐと露悪になる(『三四郎』より)

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夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

Web版「夏目漱石デジタル文学館
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館。同館のサイトに特設されている「Web版 夏目漱石デジタル文学館」では、漱石自筆の原稿や手紙、遺愛品、写真など漱石にまつわる貴重な資料画像を解説付きで公開しています。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。最新刊に、『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)がある。

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