3 夏目漱石 2

今から125 年前の今日、すなわち明治24年(1891)9月12日、帝国大学(現・東京大学)の英文科2年に進級した漱石は、本郷の大学キャンパスへと足を運んだ。

前日から第1学期がはじまっていた。明治の発足から大正の前期まで、大学の入学・学期始まりは、欧米と同じく秋(9月)だったのである。

漱石は、大学事務局へ行くと、こんなふうに切り出した。

「国文科の正岡の追試のことについて、お聞きしたいのですが……」

正岡子規は、6月に行なわれた1年の学年試験を半ばほったらかしにして、信州から木曽へと回る旅をして、紀行文や詩をものしたりしていた。試験の点数が足りず、夏休み明け早々に追試を受けなければ進級できないことが、7月の時点で判明していた。

子規は2年前に結核性の喀血をし、自分の余命を10年程度と意識したことから、学業よりも文学的仕事を優先する方へと気持ちが傾いていた。漱石は友の体を案じる一方で、折角、大学へ入ったのだから卒業だけはしてもらいたいと、強く願っていた。

漱石の問いかけに、事務局はこんなふうに応じる。

「本人の都合がつき次第、担当の先生と相談の上、試験を受けて下さい」

漱石は、さらに確認していく。

「追試はこの1週間のあいだに終えなければいけないというような、期限は決まっているのでしょうか?」

「いえ、とくに規則はないので、少しくらいは遅れても構いませんが、できるだけ早いにこしたことはありません」

漱石はこのことを、すぐに子規へ手紙で報じ、こんなふうに付け加えた。

《試験の問題は悉(ことごと)く忘れたれば菊池より送ってもらう筈(はず) 然し問題外の処も目を通さなくっては困るぜ 何しろ下読済次第御帰京可然(しかるべく)候》

試験問題のポイントは、自分は忘れてしまったが、同級の菊池寿人から報知させる手筈を整えた。だが、念のため、その他の部分についても、テキストに目を通しておいた方がいいというのである。友のため、至れりつくせりである。

子規はこのとき、追試の準備と静養を兼ねて、埼玉・大宮の氷川公園万松楼にいた。漱石は手紙を書いただけでは心配がぬぐい去れず、数日後には、自ら大宮へと出かけていった。子規は案の定、あまり勉強が手につかず、あたりを散策しては俳句を詠んだりして日々を過ごしていて、漱石をやきもきさせるのだった。

■今日の漱石「心の言葉」
試験はぜひ受ける積りでなくては困ります(『書簡』明治24年7月16日より)

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夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

Web版「夏目漱石デジタル文学館
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館。同館のサイトに特設されている「Web版 夏目漱石デジタル文学館」では、漱石自筆の原稿や手紙、遺愛品、写真など漱石にまつわる貴重な資料画像を解説付きで公開しています。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。最新刊に、『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)がある。

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