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ロンドンの夏目漱石、帰国する学友・池田菊苗をテムズ河畔に見送る。【日めくり漱石/8月30日】

3 夏目漱石 2
今から115 年前の今日、すなわち明治34年(1901)8月30日、ロンドン留学中の34歳の漱石は、日本へ帰国する池田菊苗をテムズ河畔のアルバート埠頭に見送っていた。

池田菊苗は、漱石より3歳年上の物理化学者。帰国後、熱力学や触媒の研究で成果を上げる一方で、「旨味」に関心を持ち、その正体がグルタミン酸ナトリウムであることを特定。実業家の鈴木三郎助を助けて、化学調味料「味の素」を開発した。ロンドンでは一時期、漱石と同じ下宿に暮らすなど頻繁に行き来し、美人論から人生哲学まで、幅広く奥深い議論を交わした。この前夜も、菊苗は漱石の下宿を、暇乞いのため訪れていた。

菊苗との交流が漱石に与えた影響は大きく、『文学論』につながる高い視点に立った研究に取り組むきっかけともなった。
のちに、漱石自身がこう語っている。

《池田君は理学者だけれども話して見ると偉い哲学者であったには驚いた。大分議論をやって大分やられた事を今に記憶している。倫敦(ロンドン)で池田君に逢ったのは自分には大変な利益であった。御蔭で幽霊のような文学をやめて、もっと組織だったどっしりした研究をやろうと思い始めた》(『時機が来てゐたんだ--処女作追懐談』)

菊苗の側も、似たような刺激を漱石から受けていたことは、想像に難くない。

異なる専門分野で活躍している人と交わることが、意外な成果につながる。近年の異業種交流の勉強会のようなことが、ふたりの間になされたと見ることもできそうだ。

漱石はこの2週間ほどのち、門弟で物理学者の寺田寅彦にも、池田菊苗の魅力を語り、面談を勧める手紙を綴っている。

《ついこの間池田菊苗氏(化学者)が帰国した。同氏とはしばらく倫敦で同居しておった。色々話をしたが頗る立派な学者だ。化学者として同氏の造詣は僕には分らないが、大なる頭の学者だということはたしかである。同氏は僕の友人の中で尊敬すべき人の一人と思う。君のことをよく話しておいたから、暇があったらぜひ訪問して話しをしたまえ。君の専門上その他に大いに利益があることと信ずる》(明治34年9月12日付)

医学者の呉秀三も菊苗と同じ船で帰国することになっていて、漱石は同時にこの人をも見送ることになった。

呉秀三は漱石より2歳年上で、東大医学部卒。このあと、東大教授、巣鴨病院長などを歴任し、わが国精神医学界の草分けとなる。漱石の学生時代からの友人である菅虎雄と呉秀三が親しかったこともあり、帰国後の漱石は、菅虎雄を介して、ひとつの依頼をすることになる。

それが、漱石本人が手紙文中に「珍断書」と綴ったところの、「漱石はロンドンでひどい神経衰弱にかかっており、熊本での勤務には耐えられそうもないので、住みなれた東京に戻した方がいい」といった内容の診断書であった。

■今日の漱石「心の言葉」
人にはそれぞれ専門があったものだ(『坊っちゃん』より)

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夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

Web版「夏目漱石デジタル文学館
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館。同館のサイトに特設されている「Web版 夏目漱石デジタル文学館」では、漱石自筆の原稿や手紙、遺愛品、写真など漱石にまつわる貴重な資料画像を解説付きで公開しています。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。最新刊に、『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)がある。

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