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夏目漱石、門弟たちに押し切られ寄席に出かけたものの…。【日めくり漱石/8月27日】

3 夏目漱石 2
今から111 年前の今日、すなわち明治38年(1905)8月27日、38歳の漱石は東京・千駄木の自宅書斎で門下の寺田寅彦と話をしていた。そこへ同じ門下生の野村伝四が合流する。

寅彦と伝四はこの前日、偶然に本郷の東京帝国大学の構内でばったり会った。寅彦は理学部の講師、伝四は英文科の学生だった。その際、ふとしたなりゆきで、

「明日は日曜日だし、漱石先生を誘って落語でも聞きに行こうじゃないか」

という話になった。両人の漱石邸訪問は、この計画に沿ってなされたものだった。

この日は久しぶりの晴天だった。漱石とふたりの門下生は、しばらく、さんさんと射す陽光のもと、縁側で歓談した。やがて寅彦と伝四は、盛んに落語行きを誘った。上野の鈴本で「落語研究会」と名づけた、他の演芸の出し物をはさまない落語家のみの高座が開かれることになっていたのである。

漱石は、午後から別の会合に誘われていた。詩人で英文学者の土井晩翠を囲む集まりがあったのである。晩翠は先頃、欧州留学から帰朝したばかり。本拠とする郷里の仙台から上京していて、その帰朝を祝うパーティが催されることになっていた。晩翠は漱石にとって東京帝国大学英文科の後輩に当たり、ロンドンでは何日か、同じ下宿に住んだこともあった。

しかし、寅彦と伝四はどうしても師を解放しようとしない。その執拗な誘いに、漱石の方がとうとう根負けした。もともと華やかな席はあまり得意でないし、パーティは他の多数の出席者に任せることにして、3人で上野へ出かけていった。

ところが、鈴本は満員札止めで入場することができなかった。やむなく、3人は浅草へ廻った。晴天の日曜日で人出が多く、人波に押されるようにしながら、浅草公園を歩いたり浅草寺の五重塔や大銀杏を見上げてみたりするのだった。

夕食は新橋停車場前の有楽軒へ繰り込んだ。そこには洋行帰りの望月小太郎というハイカラ紳士がご執心の「お玉さん」という女給がいるとして、世間の評判になっていた。どうせなら評判の美人の顔を拝見していこうという興味も動いていた。

洋食の給仕に出てきたのは、どうもそのお玉さんらしい様子。伝四がずばりと、「君がお玉さんかい?」という質問を繰り出すと、「違います」と軽くいなすような調子で答える。けれど、どうも、店の中には、他にそれらしき人も見当たらない。しばらくして、もう一度、念を押すように「君がお玉さんだろう」と尋ねても、女の答えと態度は前と同じだった。漱石は微笑とともに、そんなやりとりを観察している。

そうこうするうち、食事は終わり、店を後にした師弟は東京電車の循環線・外濠線に乗った。途中、激しい雷雨があり、あげく落雷のために停電した。漱石とふたりの門弟は、他に余り乗客もいない中、30分ほども真っ暗な車中に閉じ込められてしまったのだった。

■今日の漱石「心の言葉」
どっかで停電するに違いないと思った(『吾輩は猫である』より)

夏目漱石肖指定画像(神奈川近代文学館)720_141-02a

夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

Web版「夏目漱石デジタル文学館
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館。同館のサイトに特設されている「Web版 夏目漱石デジタル文学館」では、漱石自筆の原稿や手紙、遺愛品、写真など漱石にまつわる貴重な資料画像を解説付きで公開しています。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。最新刊に、『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)がある。

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