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3 夏目漱石 2

今から127 年前の今日、すなわち明治22年(1889)8月7日、漱石は隅田川の河口から汽船に乗って、房州・保田(ほた)へと向かった。一高在学中、22歳の漱石の傍らには、5人の学友が連れ添っていた。彼らは夏休みを利用して、保田に10日余り滞在して海水浴を楽しもうとしていたのであった。漱石は普段から同級生の仲間を誘って、率先して両国の水泳場へ通っていたほどで、泳ぐのは結構得意だった。

この日は、強い風が吹いていた。波が高く船も揺れるので、船客はみな緊張気味で無闇に立っている者はいない。そんな中、ごく自然な様子で甲板に座って談笑している3人の女性客の姿が、漱石の目に止まった。

「男子たる者が、彼女らに及ばないではないか」

そんな声が、若い漱石の胸の中から沸き上がってきた。

青春の侠気、とでも言うべきか。

漱石はあえて荒れ狂う波を見物している姿を、女性客らに見せてやろうと、勇気を奮い起こして欄干の脇に立った。と、その途端、一段と大きな波が押し寄せ、船を呑み込まんばかりに傾かせた。

叫ぶまもなく、漱石はあえなく転倒した。そこに吹きつけた突風が、あっという間に漱石の帽子をさらっていく。あとは波間に翻弄されつつ流されていく帽子を、ただ呆然と見送るしか術がなかった。ああ、なんたることか。

仲間たちは皆、驚きを通り越して、手を打って笑い出す始末。件の女性客らも笑っている。若き漱石先生、張り切ってカッコイイところを見せるはずが、なんともバツの悪い思いに沈んでしまうのだった。

しかし、まあ、こんなことがあるのも青春の旅。漱石一行は、このあと、保田での海水浴ののち、鋸山(のこぎりやま)を経て、館山、小湊、銚子などを回り、東京に帰り着いたのは8月30日。漱石はこの紀行を10日間ほどかけて『木屑録』と題する漢詩文にまとめ上げて、正岡子規をはじめとする友人たちに回覧している。

このときの旅は、漱石の胸の中に、強い印象を刻んだ。後年、『草枕』で主人公の画工に《昔し房州を館山から向うへ突き抜けて、上総(かずさ)から銚子まで浜伝いに歩行(あるい)た事がある》と語らせたのをはじめ、『門』『心』といった小説作品でも、登場人物たちに房総を旅させている。

■今日の漱石「心の言葉」
自分をどう取り扱って、跋(ばつ)の悪いこの場面に、平静な一転化を与えたものだろうと考えた(『明暗』より)

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夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

Web版「夏目漱石デジタル文学館
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館。同館のサイトに特設されている「Web版 夏目漱石デジタル文学館」では、漱石自筆の原稿や手紙、遺愛品、写真など漱石にまつわる貴重な資料画像を解説付きで公開しています。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。最新刊に、『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)がある。

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