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3 夏目漱石 2

今から115 年前の今日、すなわち明治34年(1901)8月3日、ロンドン留学中の34歳の漱石は化学者の池田菊苗とともにチェルシーのチェイン・ロー24番地にあるカーライル博物館を訪ねた。そこは、19世紀半ばに活躍した歴史家トーマス・カーライルが住んでいた居宅跡を、遺品資料などもそのままに、記念の博物館としている施設だった。

建物の印象を、漱石は後日こう記している。

《往来から直ちに戸が敲けるほどの道傍に建てられた四階造の真四角な家である。出張った所も引き込んだ所もないのべつに真直ぐに立っている。まるで大製造場の烟突の根本を切ってこれに天井を張って窓をつけたように見える》(『カーライル博物館』)

漱石が扉のノッカーを叩くと、中から50年配の婦人が出てきて中へ招じ入れ、名簿に記帳を求めた。漱石はアルファベットで名前を記したあと、名簿のページをぱらぱらと繰ってみた。どうやら、日本人らしき名前は見当たらない。そこで、漱石は「日本人でここへ来たのは自分らがはじめてなのだ」と認識した。

そのことが、なんだかちょっと、嬉しく誇らしい気持ちだった。

漱石は、カーライルに早くから尊敬と共感の念を抱いていた。一高時代の英作文の中でも、わざわざこの先人を自分の夢の中に登場させる一幕を書いているほどだった。

漱石はさらに、処女作『吾輩は猫である』の中でも、カーライルをひょんな形で登場させている。学校教師の苦沙弥が自分の胃病をカーライルに重ねようとして、友人から否定されるのである。

《先だってその友人で某という学者がたずねて来て、一種の見地から、すべての病気は父祖の罪悪と自己の罪悪の結果に外ならないという議論をした。(略)しかし自分が胃病で苦しんでいる際だから、何とかかんとか弁解をして自己の面目を保とうと思ったと見えて、「君の説は面白いが、あのカーライルは胃弱だったぜ」と恰(あたか)もカーライルが胃弱だから自分の胃弱も名誉であるといった様な、見当違いの挨拶をした。すると友人は「カーライルが胃弱だって、胃弱の病人が必ずカーライルにはなれないさ」ときめつけたので主人は黙然としていた》

おそらく、漱石自身も、己の胃弱を尊敬するカーライルの影に重ねることで慰めとした幾日かがあったのだろう。

博物館の入館料は6ペンスだった。漱石は婦人の案内で館内を見学した。階上の窓から見渡す光景は、カーライルの書き残したものとは著しく異なり、漱石に時の移ろいを感じさせた。

筆者も一度、漱石の足跡を追って、この博物館を訪れたことがある。その際、係の人が見せてくれたのは、100 余年前に漱石先生がサインした名簿のコピーだった。その筆跡に、なんだか懐かしいような思いが込み上げた。漱石が「自分が日本人で初めての来館者」と思ったのは、実際には早とちりであった。地下の漱石先生はちょっと残念がるかもしれないが、そのことは、のちの研究者たちの細密な調査で判明している。

漱石が訪問記『カーライル博物館』を含む7編の中短篇を収めた単行本『漾虚集(ようきょしゅう)』を刊行するのは、明治39年(1906)5月のこと。本文の挿絵は、漱石の指名で画家の中村不折が担当した。不折は挿絵を描くに当たって手掛かりとなる資料を欲し、漱石は次のような手紙とともに手持ちの資料を送っている。

《拝啓 カーライルの家の写真は持ち合せず カーライルの家に関する案内記様のものは別封にて御覧に入れ候。御参考にも相なり候わば幸と存じ候。(略)挿絵は別段の望みこれ無く、ただ絵として面白きもの価値あるものを御無理にも願いたくと存じ候》(明治39年2月19日付)

挿絵について特段の要望はないとしながら、「面白くて価値のある絵を」と、もっとも根本的で難しい注文を書き添える漱石先生。本づくりに関しては、どこまでも貪欲なのである。

『漾虚集』に収められた『カーライル博物館』の挿絵。中村不折はこれを描くに当たって漱石から資料を借りた。神奈川近代文学館所蔵

『漾虚集』に収められた『カーライル博物館』の挿絵。中村不折はこれを描くに当たって漱石から資料を借りた。神奈川近代文学館所蔵

■今日の漱石「心の言葉」
偉い人は決して同時代の人から尊敬されるようなつまらない人間ではないのである(『断片』明治39年より)

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夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

Web版「夏目漱石デジタル文学館
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館。同館のサイトに特設されている「Web版 夏目漱石デジタル文学館」では、漱石自筆の原稿や手紙、遺愛品、写真など漱石にまつわる貴重な資料画像を解説付きで公開しています。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。最新刊に、『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)がある。

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