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夏目漱石、幼い我が子の入院を知って鎌倉の病院へ急ぐ。【日めくり漱石/8月2日】

3 夏目漱石 2

今から104 年前の今日、すなわち大正元年(1912)8月2日、45歳の漱石は、妻の鏡子とともに汽車に乗り鎌倉へと急いでいた。

まだ3歳にも満たぬ次男の伸六(生後2年7か月)が、鎌倉・長谷の病院に入院したとの知らせを受けていた。伸六は数日前から熱が出ていたのだが、その原因が猩紅熱(しょうこうねつ)と診断されたのである。

夏目家の子供たちは、この夏、鎌倉・材木座の貸別荘で過ごしていた。漱石がひと夏借り切り、門下の岡田耕三(のち改姓して林原耕三となる)と家政婦をつけて滞在させていた。以前、漱石自身、友人の中村是公の別荘に逗留した体験などから、夏を鎌倉で過ごすことに愉快を覚え、それを子供らにも味わわせてやりたいと考えたのだ。漱石先生、なかなか家族思いの父親ぶりである。

漱石と鏡子は、この間、仕事や用事の関係で、東京と鎌倉を行ったり来たりして過ごしていた。漱石が娘たちに次のような手紙や絵葉書を送ったのも、この夏のことであった。

《大仏の御腹のなかへは御父さまもまだはいった事がない、御前方はいい事をしました。お父さまも海へはいりたい》(筆子あて)

《つね子 御前のところへ えはがきが来たから届けて上げる 御友達へ御返事を御あげなさい》(恒子あて)

《えい子さん 御きげんいかがですか 私はかわりもありません このとりがたまごをうみますから にて御上がんなさい》(栄子あて)

《あい子さん おにのえはがきをかって上げようとおもったら あいにくありませんから がまの御夫婦を御目にかけます》(愛子あて)

平仮名の多い短い文面からも、漱石の子供たちへの愛情が伝わってくる。なお、念のため付け加えておくと、長男の純一と次男の伸六は、年齢的にまだ文字が読めないため手紙の受取人とはなっていない。

鎌倉に着いた漱石夫妻が、その足で病院に駆けつけてみると、猩紅熱は咽喉と腎臓を冒す病気で治療にはひと月ほどかかるという話だった。伝染性の病気でもあり、伸六が使っていた蒲団や掻巻(かいまき)は病院で消毒が行なわれた。

夜になると貸別荘の方へも白い着物をきた係の人が5、6人やってきて、家中を消毒していった。石炭酸の強い臭いで、子供たちはなんだかぼんやりしてしまうようなありさまだった。その夜は、夜具が足りないのを工夫しながら、ふたつの蚊帳の中に皆で寝(やす)むことにした。

漱石は、それからふた晩鎌倉に泊まった。

伸六の病状も少し落ち着いた。熱が下がった途端に、バナナを4本、ぱくぱくと平らげるほどだった。その兄の純一は、飯を11杯食べて「苦しい」と腹をさする。兄弟して、若い頃の漱石に似てなかなかの大食ぶりなのだった。

漱石は見舞いの合間に、他の子供たちと海水浴やカルタ遊びを楽しんだ。鏡子を置いて、ひとり東京方面への汽車に乗り込んだのは、8月4日の夕方6時過ぎ。漱石先生、想いの半分を鎌倉に残しながら、汽車に揺られていく。

■今日の漱石「心の言葉」
自分は彼がもう少し健康を回復するまで彼のそばにいてやりたい気がした(『行人』より)

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夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

Web版「夏目漱石デジタル文学館
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館。同館のサイトに特設されている「Web版 夏目漱石デジタル文学館」では、漱石自筆の原稿や手紙、遺愛品、写真など漱石にまつわる貴重な資料画像を解説付きで公開しています。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。最新刊に、『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)がある。

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