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夏目漱石、敬愛していた嫂(あによめ)の早すぎる死に大ショック。【日めくり漱石/7月28日】

3 夏目漱石 2

今から125 年前の今日、すなわち明治24年(1891)7月28日、24歳の漱石は悲しみに沈んでいた。漱石の3番目の兄・直矩の妻である登世(とせ)が、ひどい悪阻(つわり)のために死去してしまったのだ。漱石と同い年、まだ24歳(当時の数え年齢だと25歳)の若さだった。

漱石は10年前に生母・千枝を亡くし、4年前には立て続けにふたりの兄を失っていたが、それ以来の身内の不幸だった。

死に目に会うことのできなかった母親・千枝のことを、漱石は後年、随筆『硝子戸の中』にこう綴っている。

《母の名は千枝といった。私は今でもこの千枝という言葉を懐かしいものの一つに数えている。だから私にはそれがただ私の母だけの名前で、決して外の女の名前であってはならないような気がする。幸いに私はまだ母以外の千枝という女に出会った事がない》

《悪戯で強情な私は、決して世間の末ッ子のように母から甘く取扱われなかったことを知っている。それでも、宅中で一番私を可愛がってくれたものは母だという強い親しみの心が、母に対する私の記憶の中には、いつでも籠(こも)っている。愛憎を別にして考えてみても、母はたしかに品位のある床しい婦人に違いなかった》

亡き母へのやる瀬ない慕情がにじみ出ている。

早世した嫂(あによめ)の登世も、人間的な魅力に富んでいる人だった。後日、正岡子規宛の手紙の中でも、漱石はこの嫂のことを、

《彼程の人物は男にも中々得易(えやす)からず(略)まことに敬服すべき婦人に候いし先ず節操の毅然たるは申すに不及(およばず)性情の公平正直なる、胸懐の洒々落々として細事に頓着せざるなど、生れながらにして悟道の老僧の如き見識を有し》

などと賞賛している。もはや寄せるべき対象のない亡き母への親しみを、どこかで重ねていたようにも見える。漱石の次男の伸六も、こう述べている。

《殆ど家庭的な暖かさを知らずに過ごした父にとって、この嫂の女らしいやさしさと親切さは、特別身にしみて嬉しく思われたのに違いない。当時、父が学校へぶらさげて行く弁当は、きまって、竹の皮に包んだ海苔巻だったと云うけれど、私には、何だか、この嫂が、毎朝、義弟の為に、心をこめて、その海苔巻をつくってやったのではないかと云う気さえする》(『父・漱石とその周辺』)

母親代わりのように(もしかすると毎日の弁当までつくって)、自分にごく自然なやさしさを示してくれた義姉。それだけに、その死は漱石を悲嘆させたのである。

漱石は同じ子規宛て書簡の中に、次のような数句も書きとどめている。

《朝貌や咲た許(ばか)りの命哉》

《人生を廿五年に縮めけり》

《今日よりは誰に見立ん秋の月》

いずれの句にも、漱石の悲しみと哀悼の思いがこめられている。

■今日の漱石「心の言葉」
今の人は親切をしても自然をかいている(『吾輩は猫である』より)

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夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

Web版「夏目漱石デジタル文学館
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館。同館のサイトに特設されている「Web版 夏目漱石デジタル文学館」では、漱石自筆の原稿や手紙、遺愛品、写真など漱石にまつわる貴重な資料画像を解説付きで公開しています。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。最新刊に、『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)がある。

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