サライ.jp

3 夏目漱石 2

今から110 年前の今日、すなわち明治39年(1906)7月27日、39歳の漱石は、東京・千駄木の自宅書斎で机に向かっていた。以前から頼まれていた春陽堂発行の雑誌『新小説』に掲載するための小説原稿に、昨日から取りかかっていたのである。

ここ数日は暑中の雨で、幾分か凌ぎやすく感じられていた。漱石の筆の走りも、自ずとなめらかになろうというものだった。

机の上には、24字詰め12行、2面づけで1枚となる原稿用紙が広げられている。1枚の字数でいうと576 字。この頃の漱石が好んで使っていた、松屋製の「十二ノ廿四」の市販の原稿用紙であった。

手にしている筆記具は、万年筆ではなく、いわゆる「つけペン」。ペン先にインク壺のインクをつけて何文字か書いては、またペン先をインク壺につける。そうやって書き進めていく。漱石が万年筆を使いはじめるのは、この数年後のことだ。

漱石の頭の中には、熊本五高在任中の明治30年(1897)暮れから翌年正月にかけて、同僚の山川信次郎とともに、熊本城下を離れ峠道を越えて小天温泉に遊んだ旅が想起されている。そこに、長年にわたって自身の内奥に蓄積された美術趣味が融合し、「作家漱石による空想の東西美術館」(芳賀徹『漱石のなかの絵』)とでも呼ぶべき独自の世界が紡ぎ出されていく。

そうやって筆を進める漱石のもとに、この日は、房総の別荘に滞在中だという教え子の浜武元次から手紙が届いた。時間があったら遊びにきませんか、原稿執筆はこちらでもできるでしょう、といった勧誘の手紙だった。漱石はこの頃まだ、東京帝国大学と第一高等学校の教職に就いているが、学校は夏季休暇期間中なのである。

漱石はいったん仕事の手を休め、手紙の返事をしたためた。

《君の手紙を見たらむかし房州へ遊んだ事を憶い出して甚(はなは)だ愉快である。この頃は風景のいい所へ往った事がないから是非(ぜひ)行きたいと思うが生憎(あいにく)只今うんうん小説を書いている。例の如くそういう景色のいい所で筆をとる方が書き安い訳であるが君と一所じゃ朝から晩まで馬鹿話しと馬鹿遊びをして暮らして仕舞うにきまっている》

熊本・小天温泉にあった前田案山子別邸の浴場。小説『草枕』では、主人公の画工が入浴中に、湯けむりのなか裸体の那美さんが現れる場面が描かれる。神奈川近代文学館所蔵

熊本・小天温泉にあった前田案山子別邸の浴場。小説『草枕』では、主人公の画工が入浴中に、湯けむりのなか裸体の那美さんが現れる場面が描かれる。神奈川近代文学館所蔵

教え子・浜武元次の滞在先は「岩谷別荘」。どうやら岩谷松平の別荘を借り受けたものらしかった。

岩谷松平は薩摩出身の実業家。明治初期に上京し、「天狗煙草」を売り出して莫大な財産を築き「東洋煙草大王」の異名をとった。だが、日露戦争が勃発して政府が戦費調達のため煙草の専売制を導入すると、銀座の店舗や40数か所の工場、370 余棟の倉庫、ならびに営業権を、雀の涙ほどのわずかな交付金ですっぱりと政府に譲り渡してしまった豪放な人物でもあった。

20数人のお妾さんがいて、かなりの数の子供がいるとも伝えられた(一番末の子供の名は五十二郎といったから、52番目の子だったとも推測される)。そんな、いわくつきの男にゆかりの別荘となると、つい漱石の興味も余計にひきつけられるところがあった。

しかし、意志の強い漱石先生、ぐっとこらえて自制してどこにも出かけることなく、原稿を書き継いでいく。

7日後には編集者から催促の言葉と暑中見舞いの角砂糖一缶が届く。まさに飴と鞭といったところだが、筆を進める一助にはなる。ようやく脱稿にこぎ着けたのは8月9日だった。

こうして15日間の奮闘で、また一篇、漱石先生による名作文学が、この世に産み落とされていった。改めてここに、その冒頭の一節を掲げれば、誰しもが知る名文。

《山道を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい》

そう。書き上げられたのは、小説『草枕』だったのである。

■今日の漱石「心の言葉」
原稿をかこうと焦る体であるが中々筆は進まない(『吾輩は猫である』より)

夏目漱石肖指定画像(神奈川近代文学館)720_141-02a

夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

Web版「夏目漱石デジタル文学館
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館。同館のサイトに特設されている「Web版 夏目漱石デジタル文学館」では、漱石自筆の原稿や手紙、遺愛品、写真など漱石にまつわる貴重な資料画像を解説付きで公開しています。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。最新刊に、『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)がある。

「日めくり漱石」の記事一覧へ

ランキング

人気のキーワード

新着記事

ピックアップ

サライプレミアム倶楽部

最新記事のお知らせ、イベント、読者企画、豪華プレゼントなどへの応募情報をお届けします。

公式SNS

サライ公式SNSで最新情報を配信中!

  • Facebook
  • Twitter
  • Instagram
  • LINE

サライ最新号
2020年
10月号

サライ最新号

大人の逸品Online Store

通販別冊
通販別冊

心に響き長く愛せるモノだけを厳選した通販メディア