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夏目漱石、ホタルの籠を軒端にかけて夏の夜に涼を求める。【日めくり漱石/7月22日】

3 夏目漱石 2

今から107 年前の今日、すなわち明治42年(1909)7月22日、42歳の漱石は東京・早稲田南町の自宅の軒端に、麦藁で編んだ籠をかけていた。

籠の中には螢が入っている。少し前から夏目家に書生として寄宿している西村誠三郎(家政婦のお梅さんの兄でのち満洲日日新聞に勤務)が、外で買い求めてきたものだった。螢の明滅する淡い光を鑑賞しながら、夏の風情を味わうとともに、かすかな涼を求めようというのだった。

この頃の日本人は蒸し暑い夏を乗り切っていくために、直接的には団扇や扇子を使い、あるいは門前に打ち水をして風を呼び込む一方で、蛍や金魚、釣り忍を眺めたり、風鈴や虫の音に耳を傾けるなどして、感覚的に清涼を味わうという、独特のライフスタイルを作り上げていた。

ガス灯がつき電気が通り、汽車が走るなど、欧米からの先進技術の流入で文明開化が一気に進む中でも、自然と共生する古来からの風習は、庶民の日常の中にしっかりと受け継がれていたのである。螢籠は、蚊帳につるされたりすることも多かった。

漱石門下の物理学者・寺田寅彦が、かつて俳句の師としての漱石に送った一句にも、蛍籠を詠み込んだこんな句があった。

《涼しさや蚊屋の釣手の蛍籠》

漱石はこれを見て、

《白き紗に蛍を盛るや蚊帳の上》

と添削指導を行なっている。

いずれにしろ、蚊帳に蛍という組み合わせは、古き良き時代の情緒に満ちている。

ちなみに、文明開化という意味では、この2日前、夏目家の台所にガスが引かれている。これは、薪をくべて煮炊きする竈(かまど)からの解放を意味していた。毎日の食事を用意する際、その便利さは格別のものがあったろう。

先進の技術文明を取り入れながら、自然と共に生きる風流心を忘れない。現代人にとってもひとつの理想である、賢い暮らし方のヒントがそこにある気がする。

■今日の漱石「心の言葉」
蒸し暑い夏の夜に一縷の冷風が袖口を潜ったような気分になる(『吾輩は猫である』より)

 

夏目漱石肖指定画像(神奈川近代文学館)720_141-02a

夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

Web版「夏目漱石デジタル文学館
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館。同館のサイトに特設されている「Web版 夏目漱石デジタル文学館」では、漱石自筆の原稿や手紙、遺愛品、写真など漱石にまつわる貴重な資料画像を解説付きで公開しています。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。最新刊に、『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)がある。

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