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油絵にハマった夏目漱石、絵道具一式を買いに神田へ出かける。【日めくり漱石/7月21日】

3 夏目漱石 2

今から103 年前の今日、すなわち大正2年(1913)7月21日、46歳の漱石は門弟の寺田寅彦へ手紙を書いた。昨日、漱石が長男の純一と次男の伸六を連れて、高田馬場の諏訪神社の森へ遊びにいっている間に、寅彦が留守宅を訪ねてきて菓子折を置いていってくれた。その礼状だった。

《きのうは留守に来て菓子を沢山置いていって下さいましてまことにありがとう存じます。あの時は男の子を二人引連れて高田の馬場の諏訪の森へ遊びに行っていましたので失礼しました。晩に女客があって今日は土用の入だという事を聞き、あの菓子は暑中見舞なんだろうと想像しましたがそうなんですか。それともふとした出来心から拙宅へ来て寝転んで食うつもりで買ってきたんですか。そうすると大いにあてが外れた訳で、恐縮の度を一層強くする事になります。とにかく菓子は食いましたよ。学校がひまになったら、またちょいちょい遊びにいらっしゃい。とりあえず御礼かたがた御詫まで。奥様へよろしく》

1通の礼状にも、師弟の温かな関係と漱石の人間味があふれている。

寅彦は漱石と二人で会いたいがために、他の門弟知己も集う木曜会などの席ではなく、しばしばこうした不意の訪問をした。それでいて、とりたてて何を話すでもなく、ただそばにいたりする。一緒に寝転びながら菓子を食う文豪と物理学者。想像するだけで、楽しくなるヒトコマである。

漱石が愛蔵し客間に飾っていた安井曽太郎の油彩画『麓の町』。漱石は「描写の密度が自分の小説と似ているのでピッタリくる」という感覚を抱いていたという。神奈川近代文学館所蔵

漱石が愛蔵し客間に飾っていた安井曽太郎の油彩画『麓の町』。漱石は「描写の密度が自分の小説と似ているのでピッタリくる」という感覚を抱いていたという。神奈川近代文学館所蔵

その後、漱石は友人の画家・津田青楓に付き合ってもらって、東京・神田の文房堂へと赴いた。文房堂は明治20年(1887)創業の画材やデザイン、版画材料の専門店。漱石はそこで、油絵の道具一式を買いととのえようとしていたのだった。

ふたりは、往路は、途中、古道具屋をひやかしながら行った。文房堂での買い物のあとには、神田風月堂で食事をともにした。

帰り際、漱石は青楓の家に立ち寄った。青楓自作の画を見せてもらった後、早速、絵の具の使い方の説明を聞き実地に練習もしてみた。青楓が京都から持ち帰った青磁の花瓶に、庭から剪ってきた紫陽花を投げ入れ、それを写生したのである。

漱石は凝りだすと、熱が入る。翌22日と23日にも、青楓に漱石山房まで足を運んでもらい、実地にアドバイスを受けながら一緒に油絵を描いた。このときの題材は、青楓が持参したしゃくなげだった。

こうした青楓の好意に報いるべく、後日、漱石は何か適当な品物を進呈したいと思った。そのとき漱石の頭に浮かんだのは、先に文房堂に赴いた折、一緒に覗いた古道具屋で青楓が気に入っていた様子の、「乾山向付」の皿5枚組みだった。あれを求めて青楓に進呈すれば、喜んでくれるに違いない。漱石は、そう思い定めた。

親しい中にも、礼と義を忘れない漱石先生なのであった。

■今日の漱石「心の言葉」
どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画ができる(『草枕』より)

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夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

Web版「夏目漱石デジタル文学館
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館。同館のサイトに特設されている「Web版 夏目漱石デジタル文学館」では、漱石自筆の原稿や手紙、遺愛品、写真など漱石にまつわる貴重な資料画像を解説付きで公開しています。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。最新刊に、『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)がある。

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