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3 夏目漱石 2

今から111 年前の今日、すなわち大正4年(1915)7月19日、48歳の漱石は日暮れ時から人待ち顔で、少しそわそわしていた。金沢在住の俳人で英文学者の大谷正信が夫人とともに久方ぶりに上京していて、訪ねてくることになっていた。

大谷正信は、漱石より8つ年下。京都の第三高等学校で、高浜虚子や河東碧梧桐と同級であり、正岡子規門下で俳句を学んだ。東大英文科を卒業したという点では、漱石の直系の後輩ともいえた。

遠く金沢からのお客さんということで、論語の一節ではないが、漱石は「朋(とも)あり遠方より来る、また楽しからずや」という浮き立つような気分にもなっていたのだろう。正信は、金沢から名菓「長生殿」を送ってくれたりもする良き友人であった。

「御閑の時刻に顔だけ見に参上したい」

そんな趣旨の正信からの葉書が届いたのはこの数日前。

漱石は「夕方から拙宅で夕食でも」と誘いの手紙を返したのだが、正信は仕事の邪魔になってはと遠慮し、夕飯の饗応は断り、「夜に少しだけお邪魔したい」との連絡をしてきていた。礼を重んじる人なのである。

俥(人力車)が門前に止まった気配を察し、漱石はすぐさま下駄をひっかけて客を迎えに出て、そのまま奥の書斎兼客間へと案内した。

まもなく、鏡子夫人とお手伝いさんによって、小鉢に珍しい馳走を並べた膳が運ばれる。食事はすませてくるということだったので、こうした用意を整えていたのだった。

小鉢をつつきながら、世間話に花が咲く。

そのうち、正信がちょっと愚痴めいて、

「田舎にいてはろくな本もありません。注文しても3か月も経たないと来ませんしね」

そう口をすべらすと、漱石は、自分自身が田舎暮らししていた頃に編み出した書籍購入法を披瀝した。

「次々注文すれば、次々に来て待たずにすみますよ。私は面白そうな本はすぐ注文します。着いた小包を開けてみて、こんな本を注文したのかなと思うことがありますよ」

これには、皆が大笑いだった。

漱石は準備していた蓄音機で、大谷夫妻に西洋の音楽をいろいろと聞かせたりもした。

さらに、アイスクリームや水菓子を食しながらの談笑が続き、漱石が自筆の画を手土産に持たせて夫妻を送り出したのは、夜の10時頃だった。

漱石先生と鏡子夫人、お客さんを歓待することが、大好きなのであった。

■今日の漱石「心の言葉」
御馳走をして冗談をいって遊びたいのです(『書簡』明治38年11月9日より)

 

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夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

Web版「夏目漱石デジタル文学館
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館。同館のサイトに特設されている「Web版 夏目漱石デジタル文学館」では、漱石自筆の原稿や手紙、遺愛品、写真など漱石にまつわる貴重な資料画像を解説付きで公開しています。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。最新刊に、『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)がある。

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