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若き夏目漱石、就職活動のため大学の先輩を訪ねたものの…。【日めくり漱石/7月12日】

3 夏目漱石 2

今から123 年前の今日、すなわち明治26年(1893)7月12日、26歳の漱石は、就職活動のため、大学の3年先輩に当たる高等師範学校の教授を訪問した。

漱石はこの2日前に、帝国大学(現・東大)の卒業証書を授与されたばかりだった。社会に出て働きながら、引き続き、大学院に進んで勉学を続けるつもりであった。

先輩の教授に面談してみると、「今年は新規の教師の採用はないのではないか」との返答が帰ってきた。「はっきりと決まっていることではないが」という前置きはあるにしろ、あてにはできない。がっかりだった。

漱石は帰宅後、やはり大学の先輩に当たる学習院大の教授に手紙を書いた。

《拝呈 本夕織田氏方へ参りいろいろ相談つかまつり候ところ、高師の方は目下、経済上の不都合のため多分雇入(やといいれ)むずかしからんとの儀に御座候。もっとも右はいまだしかと定まり候次第にもこれなく候えども、よほどあやしく存じ候につき、この際、断然決意の上、学習院の方へ出講致したく、よりてご迷惑ながら御周旋くだされたし》

高等師範学校の方の事情をありのままに告げ、この際、学習院で教師として働きたいと思うので、周旋の労をとってもらえないかと頼んだのだった。

幸いなことに、こちらの話は順調にまとまりそうな手応えだった。漱石もすっかりその気になって、学習院の教壇に立つ際の服装についても聞き合わせた。「モーニングでなければいけない」というので、早速、洋服屋に注文して誂えることにした。

この当時、既成服など出回っていないから、採寸してのオーダーメイドである。それにしても、教壇に立つために紳士の正装たるモーニングコートが必須とは、さすがに、学習院というべきか。

ところが、その先に思わぬどんでん返しが待っていた。

いよいよモーニングができ上がった頃になって、アメリカのエール大学理学部・医学部を卒業した重見周吉という人物が学習院の英語教師に採用されることが決まったのである。内定しかけていた漱石の就職話を反古にしてしまうほどだから、相当に優秀で、かつ強力な縁故関係が作用したのかもしれなかった。

漱石の手元には、モーニングだけが空しく残った。

だが、打ちひしがれてはいられない。漱石先生、自己を奮励し、なんとそのモーニングを着て就職活動を続けた。もう意地尽くでやり抜く気概なのである。

結局、めぐりめぐって、高等師範学校校長の嘉納治五郎(講道館の創始者としても知られる)との面会を経て、同校講師の口が決まったのは10月に入ってからのこと。帝大卒のエリートながら、就職活動では、なかなかの苦渋を嘗めている漱石先生だった。

帝国大学卒業後の明治26年9月上旬、同級生との記念写真。左から太田達人、中川小十郎、漱石、佐藤友熊。漱石が着ているのは兄・直矩のお下がりの薄羽織。学習院の就職話が流れたのはこの直前のことだったという。写真・神奈川近代文学館所蔵

帝国大学卒業後の明治26年9月上旬、同級生との記念写真。左から太田達人、中川小十郎、漱石、佐藤友熊。漱石が着ているのは兄・直矩のお下がりの薄羽織。学習院の就職話が流れたのはこの直前のことだったという。写真・神奈川近代文学館所蔵

■今日の漱石「心の言葉」

その時分の私は卒業する間際まで何をして衣食の道を講じていいか知らなかったほどの迂闊者でした(『私の個人主義』より)

夏目漱石肖指定画像(神奈川近代文学館)720_141-02a

夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

Web版「夏目漱石デジタル文学館
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館。同館のサイトに特設されている「Web版 夏目漱石デジタル文学館」では、漱石自筆の原稿や手紙、遺愛品、写真など漱石にまつわる貴重な資料画像を解説付きで公開しています。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。最新刊に、『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)がある。

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