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夏目漱石、朝刊の連載小説に誤植を見つけ思わず渋い顔になる。【日めくり漱石/7月9日】

3 夏目漱石 2

今から102 年前の今日、すなわち大正3年(1914)7月9日の東京朝日新聞には、漱石の連載小説『心』の第77回の稿が掲載されていた。朝起きてまもなく、その冒頭部分を読んで、漱石はちょっと不快な気持ちになった。漱石は原稿に、

《私の座敷には控えの間というような》

と書いたはずなのに、紙面には、

《先生の座敷には…》

と印刷されていたのである。

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小説『心』は大正3年4月から8月まで朝日新聞に連載され、9月に岩波書店から単行本が刊行された。岩波書店の創業者・岩波茂雄は漱石の門下生のひとり。古本屋から出版業への転換を企図していた時期で、漱石はほとんど自費出版の形で『心』を刊行した。神奈川近代文学館所蔵

小説『心』は大正3年4月から8月まで朝日新聞に連載され、9月に岩波書店から単行本が刊行された。岩波書店の創業者・岩波茂雄は漱石の門下生のひとり。古本屋から出版業への転換を企図していた時期で、漱石はほとんど自費出版の形で『心』を刊行した。神奈川近代文学館所蔵

4月から連載しているこの小説では、これまでも、校正の不備で「てにをは」の間違いや文字の誤植が多いのが漱石の気になっていた。わざわざ言い立てるのも大人げないと思い黙過していたが、今回の間違いは、主語が入れ代わってしまったため、まったくトンチンカンで意味が通じなくなってしまう。なんだか、自分の書いている小説が、編集部内で粗末に扱われているような気さえしてくるのだった。

漱石はたまりかねて、編集担当者である山本笑月に電話をかけた。が、あいにくどこかへ旅行に出ていて、帰京は3、4日あとになるという話だった。ほおっておくわけにいかず、漱石は編集長の佐藤北江あてに一筆したためることにした。佐藤北江は名編集長といわれた人で、岩手の出身。同郷の後輩・石川啄木の朝日入社にもひと役買っている。

さて、その手紙。

《拝啓 小生小説「心」の校正につき一寸(ちょっと)申上げます。校正者は無暗(むやみ)にてにをはを改め意味を不通にする事があります。(略)向後の校正にもう少し責任を帯びてやるように、そのかかりのものに御注意を願います。あれ以上出来ないならやむを得ませんからゲラを小生の方へ一応御廻送を願います。小生の書いたものは新聞として大事でなくとも小生には大事であります。小生は読者に対する義務をもっております》

自分は、執筆者として全身全霊をかけて書いている。こんな調子で、編集部内でしっかり校正できないようなら、念のため校正ゲラを自分の方にも回してもらいたいと要望したのである。

北江がすぐに適宜な対応をして係の者に厳しく注意を与え、漱石に返事を出したのは言うまでもない。漱石先生も、それで納得し気持ちが落ち着いたのだった。

■今日の漱石「心の言葉」
文は作らざるべからず。書は読まざるべからず。御馳走は食わざるべからず。人生多事(『書簡』明治39年6月23日より)

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夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

Web版「夏目漱石デジタル文学館
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館。同館のサイトに特設されている「Web版 夏目漱石デジタル文学館」では、漱石自筆の原稿や手紙、遺愛品、写真など漱石にまつわる貴重な資料画像を解説付きで公開しています。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。

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