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若き夏目漱石、いよいよ旧制高校の卒業式を迎える。【日めくり漱石/7月8日】

3 夏目漱石 2

今から126 年前の今日、すなわち明治23年(1890)7月8日、漱石は第一高等中学本科の卒業式にのぞんだ。同級生の正岡子規は、病を抱えた身ということもあってひと足早く郷里の松山に帰省しており、子規の卒業証書も漱石が代理で受け取った。

漱石と子規の、いかにも親しい交際ぶりが伝わってくる。

第一高等中学(のちの第一高等学校)の卒業証書。漱石がこの学校の前身である大学予備門に入学したのは明治17年。予科2年、本科3年に加え、1年の落第もあり、漱石は計6年間、この学校で学んだ。神奈川近代文学館所蔵

第一高等中学(のちの第一高等学校)の卒業証書。漱石がこの学校の前身である大学予備門に入学したのは明治17年。予科2年、本科3年に加え、1年の落第もあり、漱石は計6年間、この学校で学んだ。神奈川近代文学館所蔵

漱石は翌日、卒業証書を預かっている旨を葉書で松山に知らせた。

《不順の折柄、御病体は如何。陳(のぶれ)ば昨八日、例の如く卒業式これあり。大兄卒業証書は小生当時御預上り申し上げ候。差し当り御不都合なくば九月に拝眉の上、差上(さしあぐ)べく候》

このあと9月からは、ふたりはともに、帝国大学文科大学(現・東京大学)へと進んでいくことになっていた。だから、とりたてて不都合がなければ、預かっている卒業証書は9月にあったときに渡すというのである。

前年に喀血して「それほど長くは生きられないかもしれない」という覚悟を胸の奥に秘めてはいても、子規はまだ寝込んでしまっているわけではなく、日常生活はそれほど大きな支障なく過ごしていた。

子規から漱石へは、まもなくこんな返書が届いた。

《小生は如何なる前世の悪業にや今度の試験もとうとう及第せしよし、誠にありがた迷惑に存候》

前世でどんな悪いことをしたのか、自分の望みとは裏腹に、また試験に及第してしまった。子規は、そう言うのである。続けて、こう綴る。

《もし小生が落第せしならば、古今独歩東西絶倫大極上々無類飛切という大学者になる処を、(略)終に小学者道へ堕落致し候》

もしも落第したならば、古今に類例のないユニークでとびきりすごい大学者になるところを、普通に及第してしまったために、普通の学者(小学者)たる道を行くことになるだろう--。

冗談半分の飄々たる言い回しの中に、他者と違う道を行って何かをなし遂げようとする気概と自負だけは、あふれ出ている手紙である。

漱石先生も、呆れたり感心したりしながら、微笑とともに、子規のこの返書を読んだのだった。

数年前には、日頃の不勉強と試験日に腹膜炎を起こす不運も重なって、一度は落第も経験している漱石先生。その後、気持ちを入れ直し首席で通しての卒業。大学進学直後は、歴史の外国人教師マードックと1時間ぶっ通しで英語で歴史を論じ合い、英文科教師のディクソンにも認められ、鴨長明の『方丈記』の英訳を依頼されるほどだった。

■今日の漱石「心の言葉」
遠眼鏡のようにぐるぐる巻いた卒業証書の穴から、見えるだけの世の中を見渡した(『心』より)

夏目漱石肖指定画像(神奈川近代文学館)720_141-02a

夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

Web版「夏目漱石デジタル文学館
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館。同館のサイトに特設されている「Web版 夏目漱石デジタル文学館」では、漱石自筆の原稿や手紙、遺愛品、写真など漱石にまつわる貴重な資料画像を解説付きで公開しています。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。

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