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若き夏目漱石、初めての京都旅行で名旅館「柊家」に泊まる。【日めくり漱石/7月7日】

3 夏目漱石 2

今から124 年前の今日、すなわち明治25年(1892)7月7日、帝大生の漱石と正岡子規は、午前9時50分新橋停車場発の列車に乗って西へ向かった。

漱石にとっては、これが初めての関西方面への旅だった。ふたりはこの時ともに25歳。大学の夏休みを利用しての旅行だった。

一緒に京阪を廻ったあと、子規は松山へ帰省する予定を立てていた。漱石は子規と別れたあとは岡山に向かうつもり。そこには亡くなった次兄・直則の妻・小勝の実家があった。

小勝はさきごろ再嫁していて、漱石は夏目家を代表して、祝いの品を持参する役目を担っている。岡山滞在中の漱石の話相手は、小勝の弟の臼井亀太郎がつとめてくれるはずだ。

漱石は亀太郎と親しかった。亀太郎は2年前、東京で第3回内国博覧会が催された折、友人たちとともに上京。しばらくの間、夏目家の漱石の部屋に宿泊していたのである。

文政年間から200 年近い歴史を受け継ぐ老舗旅館「柊家」。入口の構えは小さいが、中には深い奥行きと居心地のいい空間が旅客を待っている。

文政年間から200 年近い歴史を受け継ぐ老舗旅館「柊家」。入口の構えは小さいが、中には深い奥行きと居心地のいい空間が旅客を待っている。

漱石と子規の乗った列車が京都に到着したのは、翌8日の午後3時30分。およそ30時間の汽車旅である。駅からは人力車に乗って、麸屋町の旅館・柊家に向かった。

柊家は文政元年(1818)の創業。後年、川端康成や三島由紀夫、宇野千代、吉川英治らもこの宿を贔屓にし、現在も京都を代表する老舗旅館のひとつとして同地で旅客を迎えている。

とくに川端康成は、この宿の一室を書斎代わりにして長逗留を決め込んだ。この宿で60年にわたり仲居をつとめた田口八重さんが、自身の半世紀『おこしやす』の中で、滞在中の川端康成の様子をこう書いている。

《先生は、夜の十二時から朝の七時までが執筆時間です。この時間だけは、よほど緊急の用事でもない限り、お声をかけることはできません。お座敷の前の廊下を歩くのさえ、はばかられるくらいでした》

担当の仲居としては、陰に回って心を尽くす。夜中1時までは起きて待機。就寝前にお茶の支度。冬場なら、朝まで暖をとれるよう大火鉢に大量の炭をおこし、鉄瓶をかけ湿度を保つ。書き上がった原稿は、朝一番の速達で東京へ--。

これだけの配慮がなされたという。宿の家訓「来者如帰(来たる者、帰るが如し)」の精神がそこに息づいているのだった。

さて、柊家に荷をといた後、学生服姿の漱石と子規は、夜の京都見物に出かけた。

漱石の目には、「ぜんざい」の文字の書かれた赤い提灯がやけに印象的に映った。果物好きな子規がどこからか夏蜜柑を買ってきて、「これをひとつ食え」と言って漱石に手渡した。漱石はそれを一房一房食べながら歩くうち、いつのまにか遊廓街の中へ入り込んでいた。

小路に並ぶ左右の家々の戸に小さな穴が開いていて、「もしもし」と女が声をかける。いまにも手まで出てきそうだ。制服の尻でも掴まれたら大変だと、漱石は綱渡りするような気分で早足で通り過ぎていった。子規はそんな漱石を笑って見ていた。

漱石先生、生真面目にして、うぶなのである。

月明かりを頼りに、ふたりはさらに清水寺へと徘徊の足を延ばし、京都の夜景を眺めたのだった。

■今日の漱石「心の言葉」
京は所の名さえ美しい(『虞美人草』より)

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夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

Web版「夏目漱石デジタル文学館
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館。同館のサイトに特設されている「Web版 夏目漱石デジタル文学館」では、漱石自筆の原稿や手紙、遺愛品、写真など漱石にまつわる貴重な資料画像を解説付きで公開しています。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。

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