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夏目漱石、入院中の病院で石川啄木と面会する。【日めくり漱石/7月5日】

3 夏目漱石 2

今から106 年前の今日、すなわち明治43年(1910)7月5日、漱石は朝5時に病院で目覚めた。胃潰瘍の治療のため、2週間前から東京・内幸町の長与胃腸病院に入院していたのである。

漱石より19歳年下で24歳の石川啄木が、4日前に続いて、この日、再び見舞いにやってきた。

啄木は前年の春、東京朝日新聞の校正係に採用され、この頃は同社発行の『二葉亭四迷全集』の校正と編集事務を担当していた。4日前の7月1日も、病室での漱石と啄木の会話は自然とそこに及び、四迷訳のツルゲーネフ作品『けむり』が俎上にのぼった。漱石は啄木にアドバイスを与え、ロンドン留学中に自身で買い求めて所持している英訳版『ツルゲーネフ全集』の中に収められた『SMOKE』と対比してみることを勧めた。この全集の翻訳者はコンスタンス・ガーネット。英語圏へのロシア文学の紹介者として名高いイギリス人女性だった。

そして、今日の啄木の再訪。漱石は約束通り、自宅から取り寄せておいた英訳版『ツルゲーネフ全集』の第5巻を、啄木に渡した。

後輩の面倒見は惜しみなくするのが、漱石の流儀。のちには病床に伏した啄木のために、相当額の見舞金も包んでいる。

以下は森田草平の書き記すところ。

《石川啄木君が肺患のために社も休んで、夏頃から小石川久堅町に籠居していたが、年末に金に窮して、先生のもとへ手紙で合力を申込んで来た。先生は直ちに金拾円を私に託して、同家へ持参するように命じられた》(『漱石先生と私』)

当時、石川家では、啄木のみならず、啄木の母も結核に倒れていた。ふたりの薬代が合わせて1日40銭弱で、啄木はこの払いにも窮していた。

こうした見舞金は、漱石の妻の鏡子が、いちいち夫に相談するまでもなく用立てたということもあったようだ。「金よりも人が大事」という金銭哲学と共通認識が、夫婦の間で見事に出来上がっていた。漱石先生、門下生の野間真綱宛ての手紙の中に、こんな一文も書き込んでいる。

《有るものは人に借すが僕の家の通則である。遠慮には及ばず》

明治40年7月23日付で、漱石が門弟の野間真綱あてに書いた手紙。「金は人が時々取りに来る。有るものは人に借すが僕の家の通則である。遠慮には及ばず」と述べて、結婚費用を用立てることを申し出た。「君の事を心配したからというて感涙などを出すべからず」とも言っている。神奈川近代文学館所蔵

明治40年7月23日付で、漱石が門弟の野間真綱あてに書いた手紙。「金は人が時々取りに来る。有るものは人に借すが僕の家の通則である。遠慮には及ばず」と述べて、結婚費用を用立てることを申し出た。「君の事を心配したからというて感涙などを出すべからず」とも言っている。神奈川近代文学館所蔵

■今日の漱石「心の言葉」
近頃は知らないということが、それほどの恥でないように見え出した(『心』より)

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夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

Web版「夏目漱石デジタル文学館
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館。同館のサイトに特設されている「Web版 夏目漱石デジタル文学館」では、漱石自筆の原稿や手紙、遺愛品、写真など漱石にまつわる貴重な資料画像を解説付きで公開しています。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。

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