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夏目漱石、輸入ものの運動器具を購入する。【日めくり漱石/6月27日】

3 夏目漱石 2

今から107 年前の今日、すなわち明治42年(1909)6月27日は、雨の日曜日だった。漱石は、西村誠三郎に頼んで買い物にでかけてもらった。西村誠三郎は、夏目家の家政婦お梅さんの実兄。この頃、暮らし向きに行き詰まったことから漱石のもとに転がり込み、書生のようにあれこれの手伝いをしていたのだった。

漱石が買い求めてくるように依頼した品物は、「エキザーサイサー」という輸入ものの製品だった。英語の綴りは「exerciser 」だから、直訳すれば、体操器具、鍛錬道具といったところ。柱にこの器具をとりつけて、備えつけの2本の紐の端を左右の手で持ち、引っ張るようにしながら筋力を鍛える。そんな器具だった。

柱に括りつけて使うゴムチューブとかエキスパンダーみたいもの、と考えていいのだろう。誠三郎が購入して持ち帰ると、漱石はさっそくそのエキザーサイサーを縁側の柱にとりつけて試してみた。

自身の学生時代を振り返った談話(『一貫したる不勉強』)の中で、《どちらかといえば運動は比較的好きの方であった》と述べている通り、若い頃の漱石はなかなかの実践的スポーツ愛好家だった。

ひとつの種目に打ち込んで、選手として活躍するといったことはなかったが、水泳、ボート、乗馬、テニス、弓など、ひと通りのスポーツを楽しんでいる。大学予備門(のちの一高)時代の同級生・太田達人は、漱石に誘われてよく両国の水泳場まで通ったと語る一方で、こうも記している。

《講道館へは、夏目君は通ったかしら? 何でも遣(や)りよったから、多分少しは通ったろうと思います》(『予備門時代の漱石』)

柔道着姿の、髭もない青年・漱石の姿が目に浮かぶ。

ちなみに、講道館創始者の嘉納治五郎は、大学卒業後の漱石が、最初に英語教師として就職した東京高等師範学校の校長でもあり、漱石の教師としての能力を高く評価していた。

漱石がもっとも得意としたスポーツは、実は器械体操だったようだ。漱石の学生時代からの友人でのちに留学生仲間ともなった藤代禎輔が、『夏目君の片鱗』と題する一文の中にこんなふうに書き綴っている。

《夏目君は学生時代に文科には珍しい器械体操の名人であった》

「名人」というからには、たとえば鉄棒なら、蹴上がりから大車輪にもっていくぐらいの技は見せていたのかもしれない。

漱石は学生時代、さまざまなスポーツを楽しんだ。登山もそのひとつ。写真は明治24年、富士登山の折の記念写真。中央が漱石。左、山川信次郎、右、中村是公。神奈川近代文学館所蔵

漱石は学生時代、さまざまなスポーツを楽しんだ。登山もそのひとつ。写真は明治24年、富士登山の折の記念写真。中央が漱石。左、山川信次郎、右、中村是公。神奈川近代文学館所蔵

今や不惑を過ぎた漱石は、かつてのようなスポーツ愛好家的日常は送っていない。だが、胃に弱点があることから、折々にさまざまな薬や健康法も試している。自分の体に対して興味や関心もあり、いつも一定の気遣いをしていた。エキザーサイサーを購入したのも、その延長線上の行動である。

翌6月28日の漱石の日記には、

《エキザーサイサーをやる。四五遍。夜からだ痛し》

という記述が読める。漱石先生、このころ42歳。夜の体の痛みは、少し遅れてやってきた前日の筋肉痛だったのだろう。

■今日の漱石「心の言葉」
食後の運動には好いわね。お腹が空いて(『明暗』より)

夏目漱石肖指定画像(神奈川近代文学館)720_141-02a

夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

Web版「夏目漱石デジタル文学館
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館。同館のサイトに特設されている「Web版 夏目漱石デジタル文学館」では、漱石自筆の原稿や手紙、遺愛品、写真など漱石にまつわる貴重な資料画像を解説付きで公開しています。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。

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