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夏目漱石、寄席に出かけて3代目小さんの落語に聞き惚れる。【日めくり漱石/6月26日】

3 夏目漱石 2

今から108 年前の今日、つまり、明治41年(1908)6月26日の漱石邸には、前夜から3人の門弟が泊まっていた。松根東洋城(まつね・とうようじょう)、鈴木三重吉(すずき・みえきち)、小宮豊隆(こみや・とよたか)の3名だった。木曜会で漱石を交えて遅くまで話し込み、そのまま師の家へ泊まり込んでしまったのである。濃密で幸福な師弟関係が垣間見える。

遅れて漱石門に加わった哲学者の和辻哲郎(わつじ・てつろう)が、この「木曜会」の雰囲気と魅力について、のちにこう綴っている。

《漱石を核とするこの若い連中の集まりは、フランスでいうサロンのようなものになっていた。木曜日の晩には、そこへ行きさえすれば、楽しい知的饗宴にあずかることが出来たのである。がそこはなおサロン以上のものがあったかも知れない。人々は漱石に対する敬愛によって集まっているのではあるが、しかしこの敬愛の共同はやがて友愛的な結合を媒介することになる。人々は他の場合にはそこまで達し得なかったような親しみを、漱石のお蔭で互に感じ合うようになる。従ってこの集まりは友情の交響楽のような風にもなっていたのである》(『漱石の人物』)

明治39年(1906)から大正5年(1916)まで、10年にわたってこの会を運営し続け、多くの人材と才能を育てた漱石の包容力の大きさと、それを裏面から支えた妻の鏡子の人柄は、讃美に価するだろう。

東洋城と三重吉は、まもなく帰っていった。漱石は小宮豊隆と連れ立って、近所にある寄席の牛込亭へ出かけた。そこでは三代目柳家小さんが高座に上がった。

柳家小さんといえば、現代の読者はまず、噺家として初の人間国宝に認定され平成14年(2002)に亡くなった5代目柳家小さんを思い浮かべるだろう。だが漱石の時代に活躍したのはその2代前、3代目の柳家小さんだった。この日、高座にかけられた落語の演目は「うどんや」だった。

漱石は小さんを高く評価していた。動作や表情のつくり方ひとつとっても、俳優より余程うまいと思っていた。小説『三四郎』の中でも、三四郎の大学の友人である与次郎にこんな台詞を言わせている。

《小さんは天才である。あんな芸術家は滅多にでるものじゃない。(略)彼と時を同じうして生きている我々は大変な仕合せである。今から少し前に生れても小さんは聞けない。少し後れても同様だ》

現今のように、ビデオ映像や録音テープはおろか、テレビもラジオもない時代。同時代に生まれ、直接に自分の目で見、自分の耳で聞く以外には、噺家の至芸を味わう手立てはなかったのである。

■今日の漱石「心の言葉」
木曜の夕、茸飯を食いにお出かけ下さい。もっとも飯の外には何もなき由、人間は連中どやどや参ることと存候(『書簡』明治40年10月8日より)

夏目漱石肖指定画像(神奈川近代文学館)

夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

Web版「夏目漱石デジタル文学館
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館。同館のサイトに特設されている「Web版 夏目漱石デジタル文学館」では、漱石自筆の原稿や手紙、遺愛品、写真など漱石にまつわる貴重な資料画像を解説付きで公開しています。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。

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