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3 夏目漱石 2

今から112 年前の今日、すなわち明治37年(1904)6月24日、37歳の漱石は小雨の降る中、門弟の野間真綱とともに方々を散歩していた。真綱が「ぜひ御馳走させてください」というので、途中、ふたりで西洋料理を食べた。普段は自分の方が御馳走する側に回る漱石だが、折角の相手の気持ちを無にするのも心苦しく、真綱の申し出を受けることにしたのだった。

真綱はこの前年に東大英文科を卒業し、日比谷中学で教師をしていた。少し前、その仕事に関連して漱石に余計な心配をかけ、アドバイスをもらった。御馳走には、その御礼という意味合いがあった。

漱石から野間真綱あてに出された書簡(明治37年6月28日)。西洋料理を御馳走になったあと、腹をこわしてしまったことなどを綴っている。神奈川近代文学館所蔵

漱石から野間真綱あてに出された書簡(明治37年6月28日)。西洋料理を御馳走になったあと、腹をこわしてしまったことなどを綴っている。神奈川近代文学館所蔵

真綱を心配して漱石が書いた手紙の一節を、以下に紹介しておこう。

《君病気のよしにて日比谷中学をやめるとか代理をさがしているとか聞けり。事実にや。病気とは何病なるや。少しのことならば辛抱してはいかが。学校を卒業したばかりの者が二十五六時間の授業に堪えぬなどというようなことでは駄目に候。君の年齢よりいえば三十時ないし四十時の働きは多きに失せずと思う。

それとも他に大功名心でもあって自分の勉強が必要とならば特別なり。また家族その他に不愉快なことまたは心配ありて精力をその方に消耗すとあらば、これも格別なり。されど常態にあるものが僅々二十五六時をもて余すとは情なき次第ならずや》

1週間に25~26時間の授業をやるのがきついからと、野間真綱は辞職を考えていたらしい。おそらく、まだ働きはじめたばかりで不慣れなため、必要以上の負荷やストレスを感じていたのだろう。

漱石は、そのくらいの授業を受け持つのは当たり前で、音(ね)を上げているようでは駄目だよ、と叱責する。重い病気とか、何か志があって特別な勉強をしたいとか、家族に何らかの事情があるというなら話は別だが、その程度の仕事はこなせるはずだと励ます。弱気になってすぐに逃げ出そうとするのでなく、覚悟を決めてきちんと向き合うことで、この壁は越えられることを、漱石は自分自身の教師体験からも知っていたのである。

世間には仕事の口が決まらないで苦労している人も少なくない。漱石はそうした社会情勢も踏まえ、「中学校の仕事の口は、今やめてしまうと、好きな時に手に入るとは限らない。この点よりも辛抱が肝要だ」と諭した。

真綱も恩師からの叱咤激励を受けて自分の甘えを捨てて、気持ちを新たにでき、教師の仕事を続ける決心をしたのだった。

漱石は英国留学中には「蕎麦が食いたい」と嘆息したこともあったし、謡の先生の宝生新が出稽古で漱石邸へやってきた折には、よく蕎麦の出前をとって一緒に食べたりもしたが、元来は脂っこいものの方が好きだった。『文士の生活』と題する談話の中で、漱石はこう語っている。

《食物は酒を飲む人のように淡白な物は私には食えない。私は濃厚な物がいい。(略)日本料理などは食べたいと思わぬ。(略)西洋料理もある食通という人のように、何屋の何で無くてはならぬというほどに、味覚が発達してはいない。幼穉(ようち)な味覚で、油っこい物を好くというだけである》

ところが、真綱と西洋料理を食べたこの翌日、漱石はどういうわけか下痢を起こしてしまった。医師の診察を受け、以降、4、5日の間はお粥で過ごす羽目になった。一高教師としての、学生の試験答案の採点にも支障をきたすありさま。

「門弟に御馳走をおごってもらうという、しつけぬことをしたせいで、胃がビックリしてしまったのかもしれない」

そんなふうにも思え、つい苦笑いする漱石先生だった。

■今日の漱石「心の言葉」
口を糊(のり)するに足を棒にして脳を空(から)にするは二十世紀の常である(『書簡』明治40年7月23日より)

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夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

Web版「夏目漱石デジタル文学館
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館。同館のサイトに特設されている「Web版 夏目漱石デジタル文学館」では、漱石自筆の原稿や手紙、遺愛品、写真など漱石にまつわる貴重な資料画像を解説付きで公開しています。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。

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