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夏目漱石、教え子から届いた中国の硯が壊れていて泣く。【日めくり漱石/5月30日】

2 夏目漱石

今から104 年前の今日、すなわち明治45年(1912)5月30日、漱石は待ちかねていた硯を、ようやく手にしていた。

それは、熊本五高時代の漱石の教え子である橋口貢が中国から送ってくれたものだった。当時、橋口貢は東大の政治科を経て外交官となり、清国湖北省沙市日本領事館に勤務していた。

代金は為替で送るつもりでいたが、橋口貢からは、「弟の清へ渡してもらえば、弟が赤坂の留守宅の方へ届けてくれるので」といった趣旨を伝えてきていた。

貢の弟の橋口清は、一般には「橋口五葉」の名前で知られ、画家・装丁家として活躍。『吾輩は猫である』『草枕』『虞美人草』『門』など、多くの漱石作品の装幀を手がけることになった人物である。

そもそものきっかけは、明治37年(1904)秋、漱石の紹介で雑誌『ホトトギス』に挿絵を描いたことだった。漱石は当初、『ホトトギス』の編集発行人である高浜虚子に、挿絵画家として橋口貢を推薦しようとした。漱石と貢とは、この頃、盛んに自筆の絵葉書をやりとりしていて、貢の描いた駱駝(らくだ)の絵が、虚子の求める誌面刷新のための挿絵のイメージと重なるように思えたのである。

ところが、漱石から話を聞いた貢は、自分より弟の清(五葉)の方が適任ではないかと返事をした。漱石は《御舎弟でも無論よろしく候》と返す。橋口五葉はまだ東京美術学校西洋画科に在籍する学生の身だったが、こうした経緯(いきさつ)から『ホトトギス』に挿画を描きはじめた。それが自然と、漱石の本の装幀の仕事へとつながり、そこから他の作家の本の装幀も手がけることになっていった。

橋口五葉はこの後さらに、浮世絵研究にも精を出し、それを継承するオリジナルの木版画を制作し、「大正の歌麿」という異名を冠されていく。

仕事で中国に赴任していた橋口貢が、大正元年10月、現地から漱石に送った銅製香炉。漱石は実際にこれを使って香を焚いていたようで、後年、この香炉から煙が立ちのぼるさまを「筆立てと香炉図」に描いている。神奈川近代文学館所蔵

仕事で中国に赴任していた橋口貢が、現地から漱石に送った銅製香炉。漱石は実際にこれを使って香を焚いていたようで、後年、この香炉から煙が立ちのぼるさまを「筆立てと香炉図」に描いている。神奈川近代文学館所蔵

話を中国から届いた硯に戻す。

漱石は以前から、本場・中国の文房具に興味と趣味を持っていた。東京にも行きつけの骨董屋があって時々覗いてみたりする一方で、たまたま現地に赴任するという橋口貢にも依頼して、香炉や鼎なども送ってもらっていた。その際、「硯もよいものがあればぜひ買い求めてほしい」と伝えてあった。師からのこの願いに応え、貢は仕事の合間を縫って、良品を探していた。

送られてきた硯は、なかなか趣深い逸品で、漱石は非常に嬉しく思った。値段は5円だったと貢からの手紙に書かれていたが、東京ではとてもそんな値段では買い求められないような掘り出し物に見えた。

ただ、それだけに、運搬の途中で上蓋の前後が欠けてしまったのが残念で、涙が出るほど痛ましく感じられるのだった。

どこかで修繕できないものかと心にかけていたところ、ひと月ほど後、漱石は適当な店を探しあてた。早速、その唐木細工屋へ依頼して、欠けた上蓋を直してもらった。修繕の出来上がりは予期していた以上で、色合いも同じで継目もわからないくらい。

漱石は橋口貢の好意にも報いられたような心地がして、ほっと安堵するとともに、いよいよ満足感を味わったのだった。

■今日の漱石「心の言葉」
好悪はある意味よりして人間の一部にあらずして人間の全体なり。理非曲直の嘴(くちばし)を入れて左右すべきにあらず(『文学論』より)

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夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

Web 夏目漱石デジタル文学館
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館。同館のウェブサイトに特設されている「Web版 夏目漱石デジタル文学館」では、漱石自筆の原稿や手紙、遺愛品、写真など漱石にまつわる貴重な資料画像を解説付きで公開しています。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜(5月2日は開館)
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。

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